夫からの意外な助言
気まずい夕食を終え、実桜の部屋の明かりが消えるまで、母娘はほとんど会話をしなかった。
遥香は静まり返ったリビングで、おもむろにスマホを手に取る。単身赴任中の夫に電話をかけると、数回の呼び出し音のあと、聞き慣れた声がした。
「どうした? こんな時間に」
「実桜と、ちょっと喧嘩しちゃって」
遥香はダイニングチェアに座り、今日のやり取りを順に話した。また友だちとモールへ行きたいと言われたこと。追加のお小遣いを頼まれたこと。何に使うのか言えないと言われ、ついきつい口調になってしまったこと。夫は途中で口を挟まず、最後まで聞いてくれた。
「遥香の言ってることは間違ってないと思うよ」
「そうだよね。お小遣いは、考えてお金を使う練習だし」
「うん。ただ、実桜にとっては、お金の話だけじゃなかったのかもな」
「友だち付き合いの話ってこと?」
「たぶん。新しいクラスになったばかりだし、あいつなりに頑張ってるんじゃないか」
その言葉に、遥香は黙った。新しいクラス、新しい友だち、休み時間の話題。遥香が知らないところで、実桜なりに気を張っているのかもしれない。
「でも、何に使うか聞いても言えない、って言われたの」
「言えない理由があるんだろうな。たとえ悪いことじゃなくても親には言いづらいのかも」
穏やかな夫の声を聞くうち、遥香の中の熱も少しずつ引いていく。
「そうかもしれない。無駄遣いって決めつける言い方をしたの。あれはよくなかった」
「実桜はそういうの、気にする年頃だよな」
「うん。お金の話をしていたつもりだったけど、実桜を信用してないみたいに思わせたかもしれない」
遥香はテーブルの上に置いた指先を見つめた。すべてを頭ごなしに否定すれば、実桜はこれから何も話さなくなるかもしれない。だが、際限なく小遣いを渡すのは違う。
「今回は、条件をつけて渡そうかな」
「いいと思う。来月少なめにするとか」
「そうだね。使えるお金には限りがあるってことは、ちゃんと伝える」
通話を終えるころには、先ほどまでの苛立ちはかなり薄れていた。遥香はスマホを伏せ、壁に貼ったカレンダーを見る。土曜日の欄には、実桜の丸い字で「買い物」と小さく書かれていた。白い照明の下で、その文字だけが静かに浮かんで見えた。
●友人との外出のため、追加の小遣いを要求する実桜と、教育方針の間で葛藤し、きつく当たってしまう母・遥香。夫への相談を経て、遥香はある決意を持って翌朝を迎えることになる…… 後編【小遣いをめぐって泥沼化した親子関係…小5娘の秘密の買い物と母が流した悔恨の涙】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
