昼下がりのキッチンには、遥香がシンクで野菜を洗う水音だけが響いている。

「今日は……5時間目までの日か」

濡れた手を拭きながら冷蔵庫に貼った真新しい時間割表を確認したところで、勢いよく玄関のドアが開いた。間を置かず、つい最近小学5年生になったばかりの娘の実桜が、がちゃがちゃと給食袋を鳴らしてリビングへ駆け込んでくる。

「ただいま」

「おかえり。洗っちゃうから、お箸出して」

「うん」

いつもならそのまま遊びに行くか、お菓子の棚を物色し始める実桜が、今日に限っては箸ケースを遥香に手渡したあとも、なぜかキッチンに留まっている。何か言いたそうにこちらを見ているのに気づき、遥香は水道のレバーから手を離して振り返った。

「何、どうかしたの」

「今度の休みさ、友だちと買い物行ってもいい?  駅前のモール」

「誰と行くの?」

「莉奈と、結衣ちゃんと、あと美月ちゃん」

遥香はわずかに口元をゆるめた。

まだ新学期が始まって1週間と少しだが、実桜は連日新しい友だちの名前を口にするようになっている。あんなにクラス替えを嫌がっていたのが嘘のようだ。

「そうなんだ。みんなのお家の人は、子どもだけで出かけていいって?」

「うん。莉奈たちは、前にも3人で遊びに行ったことあるんだって。もう5年生だし、私も行っていいでしょ?」

「うーん……そうだね。そろそろいいかもね」

子どもが親の手を離れていくのは自然なことだ。実桜も、友だちだけで出かけたい年頃になったのだろう。いろいろと心配はあるが、あまり過保護すぎるのもよくない。そう思って許可すると、実桜は「やった」と小さく跳び上がったあと、ややあらたまった様子で口を開いた。

「それでさ」

「うん」

「ちょっと、お小遣いほしいんだよね」