「PTAを退会させていただきたいんですが……」

相澤美奈は今年の秋で36歳になる。子供が生まれてからずっと専業主婦だったが、上の子がもうじき中学生になるので、そろそろ仕事に復帰しようと思っていた。

ただ、就職すると時間の余裕がなくなるので、仕事以外の活動は少し減らしたいとも思い始めていた。

特にPTA活動の中には、何のためにやっているのか分からないものもあったので、この機会に辞めたかったが、ただ、PTAを辞めたいと言うと、PTA会長の吉田加奈子(48)に睨まれそうで、なかなか言い出せずにいた。

ただ、仕事も決まったので、そろそろ伝えなければと思い、PTAの会合のあとで吉田加奈子を呼び止めて、退会したいと告げたのだった……。

 

「PTAを退会させていただきたいんですが……」

相澤美奈が恐る恐る切り出すと、吉田加奈子の顔色が一変した。

さっきまでの微笑みはどこかに消え、急に目つきが険しくなった。眉間にはみるみるうちに深々としたしわが刻まれていき、かなり激怒しているように見えた。

「え、どうして急に? そんなこと、何も聞いてないけど?」

加奈子は明らかにムッとした様子で、早口でそう言った。大柄の加奈子に強い口調で言われると、美奈は怯えてしまった。全身に冷や汗をかくのを感じたが、自分は悪くないし、きちんと言うべきことは言っておこうと思い、勇気を振り絞った。

「ただ、PTAって強制ではないし、入会も退会も自由のはずですよね。別に前もってご相談するようなことでも……」

美奈が言い終わらないうちに、加奈子が大声をあげた。

「そんな話してないでしょ! 相澤さんが抜けた穴はどうするのって聞いてるの!」

身長170センチ、ママさんバレーの選手でもある加奈子が怒るとかなりの迫力があった。身長150センチでおっとりした性格の美奈はすっかり萎縮してしまった。

「も、申し訳ございません……」

もちろん悪いとは思っていなかったが、美奈は勢いでつい謝罪してしまっていた。

 

「もしかして集団行動が苦手なタイプですか?」

「そりゃ、もちろん、PTAはあくまで自主的な集まりですから、参加するもしないも個人の自由ですよ。ただ、やっぱり、チームで進めているわけなんで、急に抜けられると困るんですよ。言ってる意味分かります?」

「え、ええ……」

「いま松本さん川村さん中心にやってもらってる登下校の見守りも、一人抜けちゃうと回らなくなっちゃうんですよ。ベルマーク集めだって、八代さん一人じゃ集計しきれないっていうから、人を増やしたばっかりだし」

「そうですね……」

具体的に詰められると、大人しい性格の美奈は頷くしかなかった。

「相澤さんて、もしかして集団行動が苦手なタイプですか?」

「集団行動、ですか?」

「だって、なんていうか、こういうのって、ある意味常識じゃないですか。組織で動いているんだし、自分勝手な行動を取ったらダメだって、あえて言わなくたってわかりそうなものでしょ? 学校とか部活でそういうの教わりませんでした? まったく、最近の若い人って、常識が通用しないのかな?」

加奈子はさげすむような目で美奈を見下ろした。

「そんなことはないですけど……」

「そう。じゃあ分かってくれたってことで、いいですよね。今相澤さんに辞められると困るんで」

「は、はあ……」

結局、美奈は加奈子の押しに負け、うなずいてしまった。