町内会の説明は…

集会所の入口で靴をそろえると、床の冷たさが足裏に伝わった。

舞子は上着の前を押さえ、将司の後ろを半歩遅れて入る。長机の奥に松田がいて、書類を揃えながら立ち上がった。

「お待ちしていました」

反射的に身構えた舞子を見て、将司が先に口を開く。

「今日は説明を聞きに来ました。よろしくお願いします」

舞子も小さく会釈をした。松田は椅子を勧め、紙を1枚ずつ差し出す。

「町内会費は月300円です。使い道は、集積所のネットと清掃用具、防災倉庫の備品、回覧の印刷代」

パッと見た限り、余計な項目はない。舞子は数字を追い、次のページへ視線を移す。

「回覧板は班長が回します。加入していないと、基本、届きません。自治体のアカウントもありますけど、細かい連絡はこっちが早いです」

「当番は必ず回ってきますか」

気になっていたことを尋ねると、松田は首を横に振った。

「役員は班ごとに順番です。ただ、仕事とか介護で難しい人は外します。清掃も年2回の一斉作業は任意です。できる範囲で大丈夫です。今は昔ほど地域のコミュニティは強くありませんし、とはいってもまったくナシにしていいものでもありませんから」

線が引かれた箇所を指で示され、舞子のわだかまりが少しほどける。父が雪かきを引き受けた日の記憶が浮かびかけたが、舞子は目の前の紙に意識を戻した。

「ごみ捨て場の管理は、町内会員の方がされてるんですね」

「そうです。だから未加入の方が使うと、加入してる方から『不公平だ』って苦情が出ます。それはこちらとしても困るので」

最後の台詞に少しだけ棘を感じ、舞子は頭を下げる。

「やっと理解できました。松田さんはずっと正しいことを言っていたのに……ろくに話も聞かず、申し訳ありませんでした」

「いえ……私も、ごみ袋を黙って玄関に戻したのは、よくなかったですね。今後、注意の伝え方は考えます」

松田は視線を一旦落として、短く言った。

将司が申込書に記入し、封筒を差し出す。

「まずは会費だけ払って、連絡を受け取れるようにします」

舞子も横で自分の名前を書く。字が少し乱れたが、書き直さなかった。

「以上です。ありがとうございました」

「こちらこそ。お手数おかけしました」

帰り道、舞子は集会所の掲示板の前で足を止めた。町内会の行事と、登下校の見守りについての連絡が貼られている。1枚ずつ目を通し、家に戻ったら健也に伝えようと思う。

父のことは、まだ自分の中で許せない出来事として残っている。それでも今日の判断は、家族の生活に沿っている。そう納得できた。

「これで明日から迷わないな」

「うん」

舞子はそれだけ返し、家の鍵を握り直した。間もなく見えてきた我が家の塀から、植え替えたばかりの枇杷の樹が顔を覗かせていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。