<前編のあらすじ>
引っ越し直後、舞子は町内会幹事の松田から町内会への入会を促されたが、片付けを理由に断った。数日後、ルールを守って出したごみが玄関前に戻されてしまう。
次の指定日にも同じことが起こり、舞子は夫・将司に相談した。一方で舞子は、町内会に入らなくても自治体のアカウント登録で情報は得られると考えていた。
ある朝、松田に「ここは町内会員のごみ捨て場で、未加入者は使えない」と告げられた舞子は、嫌がらせだと激しく反発してしまう。家の鍵を開ける手が震えるほど動揺しながらも、町内会への拒否感は消えなかった。
●前編【「ルールって言えば何でも通るんですか」町内会加入を迫られた新住民…ごみ袋が玄関前に差し戻された驚きの理由】
舞子が町内会を拒む本当の理由
将司が帰宅して夕食を終え、健也が宿題を片づけて風呂に入ったあとだった。
舞子は食卓を拭き、湯気の消えた味噌汁の鍋にふたをしてから、リビングのソファに腰を下ろした。壁時計の秒針が、規則正しく音を立てる。手首には、ごみ袋を引き上げたときの重さがまだ残っていた。
「それで、さっきの話だけど……今朝、松田さんに止められたんだよね」
将司が湯飲みを持ったまま、舞子のほうを向く。舞子は膝の上で手を重ねた。
「止められた。分別は守ってるって言ったのに、『会員じゃないなら使わせられない』って」
「玄関に戻されたのは、誰がやったか言ってた?」
「分からない。でも……たぶん、あの人だと思う。だから嫌いなの。町内会なんて」
つい口走ってしまった自分に気づき、唇を噛む。視線を落とすと、机の上には健也のプリントが散らばっていた。重ねて端を揃えると、大きくため息をついた。
「舞子。町内会が嫌なのって……お父さんのこと、関係ある?」
「え」
「いや、話したくなければいいんだけど……舞子が感情的になるの、割と珍しいから。家族のことかな、って」
将司には誤魔化せない。舞子は一拍置いてから、深く息を吸った。
「……小さいころ、父が雪下ろしを頼まれたの。誰だったかは覚えてない。近所の大人。母が止めたけど、父は断れなくて出ていった。それで屋根から落ちて骨折したの。支えられて、真っ青な顔で帰ってきたときも、周りに謝ってばかりだったよ」
「そうか……雪かきで怪我を……」
「それだけじゃない。父はそのあとも、人に頼まれると引き受けた。町内のことも、会社のことも。疲れてるのに無理をして……結局、病気になって倒れた。私は、ああいうのが嫌」
話しながら、声がわずかに震える。
父が亡くなったのは、舞子が大学生のころだった。直接の原因は病気だと分かっている。それでも、いい顔をして面倒事を押し付ける人たちが、少しずつ父を削っていったのだと思わずにいられない。
舞子は膝の上で手を握り直し、指先の冷えを確かめた。将司が小さく息を吐く。
「そこまでだと思ってなかった。ごめん」
「ううん、謝らなくていい。私も冷静じゃなかった。愚痴ってごめん」
「舞子の気持ちは分かった。無理をする必要はない」
将司は言ってから、少し間を置いた。
「ただ、近所に住んでる以上、険悪なままじゃ困るだろう。まず説明だけ聞いてみるのはどうかな。入るかどうかは、そのあとでいいから」
舞子は反射的に首を横に振った。玄関前の袋、集積所で向けられた視線、父の白い顔が、順に浮かぶ。
「……嫌よ。町内会なんて入らなくても平気」
「そっか。分かったよ」
そのとき廊下の奥から、健也が風呂から上がった気配がした。舞子は会話を終わらせるように勢いよく立ち上がった。
