エグゼクティブ・エコノミスト
木内 登英氏
トランプ関税の不確実性はなお残るもリスクは低減
まずは米国の動向を振り返ってみましょう。
トランプ政権は2025年1月20日の大統領就任式以降、貿易赤字削減を旗印として立て続けに関税政策を打ち出してきました。とりわけ日本に大きな影響を与えたのは、4月に発動した自動車関税や相互関税、そして7月の日米関税合意です。こうした関税政策の影響で日本の実質GDPは0.55%程度下押しされる見込みとなっています。これは日本の1年間の平均成長率とほぼ同じ規模であり、1年間の成長分が相殺されてしまう計算です。関税によって海外の景気が弱くなることで日本からの輸出が落ちるという間接的な影響も加味すれば、さらに下押し圧力は強くなります。
グローバルで大きく注目されたのは中国に対する関税政策でした。2025年4月の相互関税導入を巡っては米中間で報復関税をかけ合い、米国から中国に145%、中国から米国に125%という極めて高い水準に達しました。米国に対して最大の貿易赤字をもたらしている中国は、一連のトランプ関税の最大の標的だったのです。
しかしトランプ関税の圧力は弱まりつつあります。対中交渉は事実上の敗北となり、2025年10月30日には一律関税を10%引き下げるなど米国による譲歩が目立ちました。また高い関税を適用することによる輸入農産物の物価上昇などを受けて米国民からも不満の声が大きくなっており、トランプ政権の支持率も低下。2026年の中間選挙を見据えれば、従来のような強気な関税政策は実施しづらく、早々に軌道修正が求められる状況です。今後も交渉のカードとして関税政策を利用する可能性はあるものの、そのリスクは低減したと言えるでしょう。
米国内の経済状況に目を向けると、スタグフレーション的傾向が見られます。実質GDP成長率はなお高めで経済は強さを見せていますが、雇用情勢については弱さが目立ってきており個人消費も軟調です。これにより関税による輸入物価上昇を十分に価格転嫁できず企業収益も圧迫しています。今後は企業が設備投資も手控えるようになることも予想されますので、緩やかな景気減速が続くと思われます。
もっとも、このように積み重なってきた不均衡が経済・金融危機のトリガーになり得る点は要注意です。世界金融危機の時は家計の債務の積み重ねがバブル崩壊をもたらしました。今回は、ITバブルの時と同じように企業の債務が非常に膨らんでいますし、米国経済をけん引しているAIブームやデータセンターブームは将来の成長をやや過大に織り込んでいる可能性もあります。