ようやく終わる、借金返済の日々

あれ以来、花は借金を返すためだけの生活を続けてきた。昼間はホテル清掃やコンビニの仕事をし、夜はスナックや工事現場の警備の仕事をした。休みなどあるはずがなかった。毎日毎日、疲れても眠くても風邪を引いていても、佳世はただ働いた。それは過去に自分で掘り進んでしまった穴を埋める、マイナスをゼロに戻すための行為だった。

もちろんあらゆる生活を切り詰めた。夏の暑さはうちわでしのぎ、冬の寒さは毛布にくるまって耐えた。空腹で上手く眠ることができなくても、きっとあの頃の花はもっと辛かったに違いないと、ねばつく唾を飲み込んで目を閉じた。職場で理不尽に怒られても、露骨な悪口や嘲笑を向けられても、佳世はひび割れた唇で曖昧に笑ってやり過ごした。

だがその生活もようやく終わるのだ。

佳世は銀行へ向かい、今月分の給料が記載されている通帳をATMに読み込ませる。モニターに表示された金額から家賃や光熱費などの最低限の生活費を引いた金額を、決められた振り込み先に振り込む。スマホの帳簿アプリに金額を打ち込む。自動計算により、0の文字が表示される。膝から力が抜けて倒れそうになるのをATMについた両手で支え、頭上を仰ぐ。下は向けなかった。

やがて後ろに列ができていることに気づいた佳世は、頭を下げて銀行を後にする。歩きながらスマホを操作し、メッセージアプリを開く。1年に1回、花の誕生日にだけ写真を送ってくれる大吾とのやり取りを開き、右上にある受話器のアイコンをタップする。

ずっとこの日を夢見てきた。過去の過ちを清算し、2人にきちんと謝罪することだけが生きる目標だった。もちろん自分のしたこと全てが許されるとは思わない。もう1度やり直せるなんて虫のいいことも思わない。でも、もう1度だけ、花に会いたいと思った。写真ではなく、自分の声で謝り、花の声を聞き、大きくなった身体を抱きしめさせてもらいたいと思った。

佳世は深く息を吸う。震える指で、力強く押し込むように受話器のアイコンに触れる。

●「勘弁してほしい」電話口に出た大吾は言葉を尽くして謝罪しようとする佳世にそう告げるのだった。わかってはいた。大吾から毎年贈られてくる手紙からすでに新しい家庭ができていることをうっすら感づいてもいた。それでも……。佳世の落胆を察したのか、大吾はとあることを申し出る。後編:【娘には新しい家族できていて…育児放棄と借金で全てを失った女性が8年の贖罪の日々の後に突きつけられた「厳しくて温かな現実」】にて詳述する。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。