8年前は母だった……

8年前、佳世は母だった。花と名付けた娘がいた。佳世はまだ33歳で、右も左も分からないまま、自分のお腹のなかから生まれてきた赤ちゃんと向き合う日々を過ごしていた。

花はとにかく泣いた。朝も昼も夜も関係なく泣いた。佳世に心休まる時間はなかった。たとえ泣き止んでいても、次またいつ泣き出すのだろうかと考えるといつも緊張していた。

また、母乳が出づらかったことも佳世の精神をさいなんだ。今思えば、寝不足による生活の不規則さと疲れのせいもあったのだろう。早々に粉ミルクに切り替えてしまえばよかったのだろう。けれど当時は思いつかなかった。義母に言われた通り、赤ちゃんに母乳を与えることは母親として当然で、それができない自分は出来損ないの母親なのだと本気で思っていた。

お腹が減って泣き出した花は、満足に母乳を飲めないことでまた泣いた。いつしか佳世は花を遠ざけたいと願うようになった。

結果、10カ月検診のときに花が栄養失調になりかけていることが分かった。それまで家のことに見向きもしなかった夫の大吾はようやく事態の危うさを察知したらしかったが、もう何もかも手遅れだった。