まだまだ子供だ
「たまには、外で食べようか」
週末の午後、夫がそう言ってくれた。
久しぶりの家族そろっての外食だった。仕事の都合で、夫の帰宅が遅くなる日も多く、3人そろって食卓を囲むのは、いつぶりだろう。
祐太は少しだけ照れくさそうな顔をしていたが、それでも嬉しそうに「どこ行く?」と声を弾ませた。
選んだのは、家の近くにあるカジュアルな洋食屋。昔からよく行っていた、家族の「ちょっと特別な日」の定番だった店だ。変わらない木のぬくもりのあるインテリア、店内に漂う香ばしい匂い。懐かしい空気に、彩香の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
祐太はハンバーグ定食を選んで、彩香と夫はそれぞれパスタとサラダプレート。目の前に運ばれてきた料理に、祐太は「うまそう」と声をもらしたあと、勢いよく箸を動かし始めた。
無邪気に料理を頬張る祐太に「おいしい?」と聞くと、「うん、めちゃくちゃ」と満面の笑顔で返ってきた。
まだまだ子どもだ、と思って、なんだか安心した。いつの間にか「しっかり者の息子」という仮面をかぶらせてしまっていたのかもしれない。
和やかな食事を終え、レジに向かうとき、彩香は祐太に小声でささやいた。
「ねえ祐太。お母さん、今日は現金で払ってみようかな」
「えっ?」と目を丸くする祐太。
その顔を見て、彩香は小さく笑ってみせる。
「これでお願いします」
レジの前で財布から紙幣を出し、店員に手渡した。紙幣を数える音。ジャラリと返ってくる小銭の重み。感触。スマホのタップひとつで済ませるのとは違う、どこか手触りのあるやり取りだった。
「そっか。スマホで払うのも同じなんだね。目に見えないけど、お金が動いてる」
祐太がぽつりと言った。お釣りを財布にしまう彩香の手元をじっと見つめる彼の目は真剣で、同時に興味深そうでもあった。
目を細めてうなずいたあと、店員に「ごちそうさまでした」と声をかけてレジに背を向ける。
店を出たところで、ふいに「お母さん」と呼ばれて、彩香は立ち止まった。振り返ると、祐太が少しはにかみながら笑っていた。
「ねえ、ありがとう」
「どういたしまして」
そう返すと、祐太は跳ねるように歩きながら彩香を追い越していった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。