まさかホストじゃないだろうな?

夕食を作り置き、エプロンを外して、化粧をする。コートを羽織ったところで、達之に声をかけられる。

「どこか出かけるのか?」

「ええ、ちょっと。莉子に誘われて飲み会。もう子育ても終わったんだし、羽を伸ばすくらいいでしょう」

言いながら、19時過ぎにはお店に行けると思うという旨のメッセージを流星に送る。流星からは猫のキャラクターが両手を挙げて喜んでいるスタンプが返ってくる。流星がかすみにしてくれるひとつひとつの行動がどれも愛おしく思える。

「もういい? ご飯は作ったんだから、あとは自分でやって」

かすみがため息混じりに言うと、達之はポケットから小さな冊子のようなものを取り出してかすみの前に放った。よく見れば、それは老後資金を貯めていた夫婦の口座の通帳だった。

「どこに通ってるんだ? 俺の金をこんなに使い込んで」

血の気が引いた。だが“俺の金”という達之の言葉選びへの苛立ちのほうが、はるかに強い感情だった。

「俺の? 私たちのお金でしょ?」

「いや、俺が働いて稼いだ金だろう。お前の金じゃない。ふざけたことを言うのも大概にしろ。何に使ってるんだ?」

達之がかすみに詰め寄った。

「男か? まさかホストじゃないだろうな? 」

事実を知っているのか、それともたまたま勘がよかっただけか、ずばりと言い当てた達之に、かすみは何も言い返せなかった。

「ふざけるなよ……いい年して男遊びなんて何考えてるんだ。お前は馬鹿なのか?」

達之はかすみに手を差し出す。かすみが困惑していると、達之は「金だよ。財布出せ。お前の金じゃないだろう」と言った。かすみは逃げ出すように踵を返し、玄関へ向かった

しかし伸ばされた達之の手がかすみのコートを掴んだ。

「離して!」

「ふざけるな! 金を返せ!」

「あんたが稼げたのだって、私が家のことを何でもやってきたからでしょう。無償だと思ってたわけ? 一体何がいけないっていうの!」

かすみは抵抗したが、達之の力に敵うはずもなかった。もみ合っているうちに、セットした髪は崩れ、引っ張られたコートは背中の縫い目がぱっくりと割け、廊下に引き倒された。

冷ややかなフローリングに寝転がったまま、かすみはもう本当は何かも終わっていたのだと悟った。流星との時間は終わっている現実の凄惨さをごまかすためのものでしかなかったことも、最初から分かっていた。

もう涙を流すような気力さえないまま、かすみはずっと横たわっていた。