シャンパンタワーを入れたい……
「いやぁ、難しいよ。竹中さんだけ特別扱いってわけにはいかないし」
働いているスーパーのバックヤードで前借りを頼んでいたかすみは静かに肩を落とす。店長は「すまないね」とため息を吐いた。
「それじゃあ、時給を上げてもらったり、シフトを増やすのは無理ですか? 1日でも、1時間でも」
「それもなぁ、人手は足りてるし、人件費の無駄は省けって、本社からも言われてるんだよ」
「そう、ですか……」
現在、かすみのパート代は時給1180円。週4日、だいたい10時~17時まで働いているから月収は多くても13万円程度。シャンパンタワーを一度入れれば吹き飛んでしまうような収入では、流星を満足に喜ばすことができなかった。
休憩中に、珍しく莉子からかかってきていた電話に掛け直す。莉子はワンコールですぐに電話に出た。
『あ、もしもし。ごめんね。パート中だった?』
「大丈夫。いま休憩中」
『ねえ、最近けっこうな頻度で〈ペガサス〉に顔出してるって聞いたんだけど、大丈夫?』
おそらく莉子の“推し”であるホストから報告されたのだろう。
「大丈夫よ。節度は保って遊んでるし。推し活でしょう?」
『まあそうだけど……。やめてよね、借金したりとか、そういうのだけは』
「分かってる」
そう言って、かすみは電話を切った。暗くなったスマホの画面に映る、化粧も服装も平凡すぎる自分の顔に思わずため息を吐きかける。こんなのは自分ではない、と思う。かすみはたまらなく、流星に会いたくなった。
これまでは何年も少しずつ貯めてきたへそくりを切り崩すかたちで〈ペガサス〉に通っていたかすみだったが、昨日でとうとう使い果たした。まだ給料日までは半月以上あるため、もし次〈ペガサス〉に行くならば、方法は1つしかなかった。
老後のためにと達之の給料から貯めていた夫婦の貯金。額にすれば、〈ペガサス〉で50回豪遊しようとも余るくらいのお金が預けてある。
その日、パートから帰ったかすみは戸棚のなかにしまっておいた通帳を引っ張り出した。頭のなかは、流星の笑顔と夜の街の眩さ、あの甘い香りで埋め尽くされていた。