高い音大の学費
今朝、知佳はいつもよりも早く、まだ外が暗いうちに朝練に出かけた。
憲武とはもちろん、千鶴とも顔を合わせたくなかったのだろう。朝食を用意しようと起きた千鶴の耳には扉が閉まる音が刃物のように鋭く響いた。
たしかに夫の言う通り音大の学費は高い。調べてみたところ、4年間でおよそ800万円もかかるらしい。一般的な4年制大学が、国公立で平均約250万、私立でも約470万であることを考えると、おいそれと支払える金額ではない。
加えて、楽器を新しく買ったりすれば数十万円は平気でかかる世界だ。知佳はひとり娘で、憲武の収入だって消して少ないほうではないはずだが、それでも音大での本気の学びを支えるには相応の覚悟がいる。
それに、音大を無事に卒業できたとして、音楽で食べていけるのかという憲武の言い分ももっともだと思う。教員免許を取れば学校の先生の道が開けるのかもしれないが、教員免許だって片手間に取れるようなものでもないだろう。
親として、どうするのが正解なのか分からなかった。
千鶴はもう何度目か分からない溜息をつきながら、出来上がった弁当用の卵焼きを切り分けていく。いつものくせで、はじっこを味見して、思わずむせた。咳き込み続けていたら涙が出た。どうやら砂糖と塩を間違えて作ったらしかった。