賃上げ⇔投資の好循環、その“萌芽”はあるかもしれない

では、その賃上げは実現したのでしょうか。

所得分布の中央値を見ると、岸田内閣が成立した2021年当時が440万円で、その翌年である2022年が423万円、前述したように2023年が405万円ですから、なかなか厳しいものがありますが、徐々に賃上げの動きが浸透してきているのも事実です。連合の最終集計によると、2024年の春闘について5284社の平均の賃上げ率は5.1%になり、1991年以来33年ぶりに5%を超えました。

またファーストリテイリングのように、初任給として30万円を打ち出してくる企業も出てきました。岸田政権が打ち出した「構造的賃上げ」が、こうした賃上げにつながったのかどうかは定かでありませんが、少なくとも「賃上げが必要」という認識を広めたという点において、岸田政権は評価できると思います。

加えて家計所得を増大させるためには、NISAの制度見直しを含む「資産所得倍増プラン」がブースターになってきます。賃上げで所得が増え、その余剰分を資産運用に回して増やし、さらに家計所得を増大させる。この好循環に持っていくための制度設計は、NISAの制度見直しを実現したという点で、これも岸田政権のお手柄といってもよいでしょう。

ただ、いくら制度設計ができたとはいえ、この好循環を維持していくためには、持続的な賃上げの実現が必要不可欠です。所得が減少の一途をたどるなかで資産形成をするには、限度があるからです。

たとえば手取り30万円の月収から、3万円をなんとか捻出して、NISAのつみたて投資枠で資産形成をしていたのに、その月収が3万円減額されたら、資産形成などと悠長なことは、言っていられなくなります。

6月にはようやく実質賃金がプラスに転じましたが、最低でもインフレ率を上回る賃金上昇を維持できるかどうかは、企業の収益力次第ですし、人口が減少していくなかで日本企業が収益力を高めるためには、社員一人一人の努力に加え、生産力を向上させることも必要です。そして、新しい資本主義の他の構成要素である「国内投資の活性化」や「デジタル社会への移行」は、日本企業の競争力を維持するために生産性を向上させることを目的とした施策と言ってもよいでしょう。

岸田内閣が地ならしした「新しい資本主義」が“本物”になるかどうかは国民次第

さまざまな原因で支持率が低空飛行を続けた岸田内閣ですが、「新しい資本主義」という主要政策の実現に必要な「構造的賃上げの実現 分厚い中間層の形成」、「国内投資の活性化」、「デジタル社会への移行」という三本柱を、将来的にわたって推進するための“地ならし”はできたと思います。

ここから先、持続的な賃上げは企業努力によりますし、資産形成を続けるかどうかは個々人次第です。また、国内投資の活性化やデジタル社会への移行には、民間の知恵が求められます。

「新しい資本主義」は決して筋の悪いものではありません。日本経済が少なくとも現状を維持していくうえで必要なことばかりです。そして、これらを進化(深化)できるかどうは、結局のところ私たち国民の意思にかかっているといえます。