マイナス金利を解除した日銀の金融政策について

ーー日銀は3月19日の金融政策決定会合において大規模緩和の解除を決定しました。具体的には、マイナス金利政策の解除に加え、YCCを撤廃し、ETF買い入れについても停止としました。また、オーバーシュート型コミットメントについても「その要件を充足したものと判断」として事実上廃止しました。この結果をどうご覧になっていますか?

高千穂大学 商学部 教授 内田稔氏

内田 既にインフレ率は日銀が目標としていた2%を上回っていました。特に実質賃金の前年割れが続いており、今のインフレは日銀が理想としていたインフレとは違うものの、それでも日銀はインフレの上振れリスクも警戒していたと思われます。緩和スタンスを維持しつつ、マイナス金利をはじめとする一連の異次元緩和については、早期の幕引きを図りたかったのだと思います。そうでなければ、何も期末を控えた3月に政策転換を急ぐ必要はなかったはずです(図表1参照)。

 

ーー焦点は今後の追加利上げにあるかと思います。植田総裁は記者会見で、今後の利上げについて、急速な利上げは行わない姿勢をにじませる一方で、追加利上げを排除するような強いハト派姿勢も見せなかったようです。市場では年内25bpの追加利上げもささやかれていますが、年内に追加利上げを行う可能性はあるのでしょうか? また、4月5日の朝日新聞朝刊では「植田総裁が物価目標達成の確度が高まれば、追加利上げに強い意志を示した」とも報じられています。

内田:それで今日(4月5日)は日本株が下がっているようですね。植田総裁は記者会見で緩和的な金融環境が続くと言っていたのですが、一方で、基調的な物価の上ブレは短期金利の引き上げにつながるとも発言しています。

その点、日本のインフレのうち、いわゆる第1の力とされる輸入インフレは、ドル円とドル建ての資源価格、例えばWTIとの掛け算に数カ月遅れで連動します(図表2参照) 。このため、年初来の円安を踏まえると、第1の力だけでも春先から夏場にかけて、日本の物価には上昇圧力がかかってくるとみられます。特に足元では原油価格も上昇しています。そこに、賃上げに伴ういわゆる第2の力がどの程度、加わってくるのか、その程度次第で確かに追加利上げの可能性は常にあるでしょう。

 

今後、総務省が発表するCPIはもちろん、その2営業日後14時をめどに日銀が公表する「基調的な物価を補足するための指標」、具体的には最頻値、刈込中央値、加重平均値にも注目してインフレの動向を見ていく必要があります。

ーー内田さんの今の説明の中でも触れられていましたが、昨晩(4月4日)のNY市場ではWTI原油先物が1バレル当たり86ドル台まで上昇し、昨年10月以来の高値をつけているのは、第一の力をさらに増幅しかねないですね。また油価の上昇は貿易収支の悪化材料になる可能性もありこの点でも円安要因になりそうです。

内田:そうですね、貿易赤字が拡大すれば、円安圧力になってくると思います。また、金融政策が緩和的か引き締め的かの境目は、名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利がマイナスかプラスかで決まります(図表3参照)。また、そのマイナス幅が緩和の強弱や程度を意味します。

 

現在、日本の実質金利は大幅なマイナス圏にありますから、多少利上げをしたところで緩和的であることに変わりありません。ですから植田総裁の緩和的な状態が続くといった発言は必ずしも年内利上げしないことを全く意味しているわけではないと思います。

ーーなるほど金融政策の緩和度を見るなら名目金利よりも実質金利が重要ということですね。ところで、今回は事前に新聞等で観測報道が流れていたこともあり、大きなサプライズはなかったようですが、為替市場は意外にも円安ドル高で反応しました。イベント通過でボラティリティも低下しており、円キャリートレードが復活してきているのでしょうか?

内田:2022年以降、主要通貨に関して一部の例外(具体的にはスイスフラン)を除くと、主要通貨の為替相場に影響したのは名目金利ではなく実質金利です。従って、実質金利がマイナス圏にある限り、多少の名目金利の上昇だけでは円高にはなりにくいという状況です(図表4参照)。 これは、2022年12月以降、YCCの長期金利の上限が3度も引き上げられましたが、その後も円安が進んだことと整合的です。