拒絶反応
その日から山口さんの体に異変が生じ始めた。
母親の姿を見ると体が硬直し、手は震え出し、唇は真っ青になる。めまいと吐き気に襲われ病院へ行くと、メニエール病と診断された。その後も突発性難聴、自律神経失調症などを発症した。
それでも休むことなく働いていると、母親が「こんな利益じゃ給料は払えないし、銀行へ返済できない。もっと利益を出せ」と追い打ちをかける。
そして連帯保証人になって1年もたたないある日のこと、再び銀行の営業マンが会社を訪問。山口さんも同席を求められる。話の内容はこうだ。
「会社の借入金の返済がきつい」と母親から連絡があったため、返済期間を延ばすのだと言う。
山口さんは、「この前の借り入れしたお金はどうなったんですか?」と母親にたずねる。
すると母親は、「今までお金が足らない時、私が立て替えて出してたから、全部戻してもらってもうないよ」と平然と答える。
「え? ないのに返済が苦しいからって、月々の返済額を減らして返済期間を延ばす……? 70才を過ぎた母の借金の返済期間を延ばすことができるのも、私という連帯保証人がいるからできることでしょうけれど、意味が分かりませんでした」
再婚と絶縁
山口さんは、長男が就職し、長女が高校生になった時、ふとこれからの自分の人生に寂しさを感じ、結婚相談所に登録。1カ月後、男性を紹介された山口さんは、何度か面会するうちに、その男性との再婚を決意する。
ある日の仕事終わり。山口さんは母親に再婚相手の男性と会ってほしいことを伝える。すると母親はすごい形相をしつつもうなずいた。
当日。予約してあったレストランへ男性と向かう。
母親が待つテーブルにつき、「初めまして。この度……」と男性が挨拶をしようとした瞬間、母親はそれを遮って言った。
「あなた、うちの借金がいくらあるか知ってるの?」
瞬時に「破談にする気だ」と察した山口さんは、母親を止めようとする。しかし男性は平然と答えた。
「はい。聞いています」
「へぇー……じゃあ、あなたが払ってくれるわけ?」
山口さんが「あー……。もう終わった……」と思って下を向くと、「はい。僕も協力したいと思っています」と男性は毅然(きぜん)として言う。
一瞬面くらった母親は、「はいはい、どうぞ勝手に結婚でも何でもしてください。あんたらは幸せになればいい。私は1人で生きていきます。親子の縁を切りましょう。あ、それからあんたクビね」と言って山口さんをにらみつける。
「母はお得意の『親子の縁を切る』を持ち出せば、私が結婚をやめると思っていたのでしょう。今までずっとそれで言うことを聞いてきたから。でももう限界でした。悩むことなく私は『絶縁とクビ』の方を選びました」
その瞬間、激昂した母親は一方的に山口さんを罵倒する。
「どこの馬の骨とも分からん人を急に連れてきて、今まで育ててもらった恩も忘れて! あんたは自分のことしか考えてない! あんたがどんなに悪い人間か、私がこの人に教えてやろうか? あんたは子どもたちと私を不幸にした! あんたは人を不幸にする! あんたはクビだ! いつ出ていく?」
言うだけ言うと母親は1人で立ち去っていった。母親の車が去っていくのを見届けた後、男性の車に乗った山口さんは、子どものように声を上げて泣いた。
その日は山口さんの45歳の誕生日だった。