平成の米騒動と令和の米余り

このように、米は古来より日本人の経済や文化に欠かせないものです。現在は食の欧米化とともに日本人の米離れが進んでいるといわれますが、ご飯のない生活は考えられないのではないでしょうか。

平成の米騒動

今から約30年前の1993年(平成5年)に、「平成の米騒動」と呼ばれる米不足が起こりました。米の収穫量が前年比74.1%と著しく落ち込み、1991年の不作の影響で在庫量が少なかったことが影響したのです。大凶作の原因はラニーニャ現象による冷夏と、梅雨明けが8月下旬と遅れたことによる日照不足でした。

米不足により、秋口から店頭で米の値上がりとともに品薄が続くようになります。これを受けて政府は海外から米を緊急輸入しました。

しかし、元々日本で食されている「ジャポニカ種」を生産している国は多くなく、輸入された米の多くは「インディカ米」でした。慣れないインディカ米の売れ行きは思わしくなく、国産米との抱き合わせ販売が行われました。結果的に輸入米の約98万トンが売れ残ってしまったのです。苦境を助けてもらっておきながら、「インディカ米は食べたくない」という日本人が多かったのは残念なことです。

日本はこの米騒動を教訓に米の備蓄制度を設け、年間100万トン程度を基本として備えるようになりました。また、米の生産においてはリスク回避のため冷害に強い品種の作付けを増やしたり、耐冷性を高めた品種改良を行ったりしてきました。そのため、現在では生育不良による米不足の危険性は少なくなっています。

米不足から30年後の米余り

出典:農林水産省「米をめぐる関係資料」(令和4年3月)より

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米不足から30年近くたった日本では、今度は米離れや人口減少によって米の需要が減ってきています。需要減に伴い、民間の米の在庫量が増える「米余り」が起きているのです。米余り対策としては「生産を減らす」または「消費を増やす」方法が考えられます。

消費拡大は効果が出るのに時間がかかるため、農林水産省は生産を減らす方向にかじを切っています。しかし、安易に生産を抑えることは日本の米作りの存続を脅かし、食糧自給の面でも望ましいとはいえません。

今では「新嘗祭」を知らない人がほとんどですが、米の収穫に感謝する精神は日本人のアイデンティティーに関わるものです。大げさなことでなく、ご飯が中心の和食を心がけるだけで「新嘗の心」を伝承していけるのではないでしょうか。

執筆/松田聡子

明治大学卒業後、ITエンジニア、国内生命保険会社での法人営業を経て、2007年より独立系FPとして開業。コンサルティングの他、企業型確定拠出年金講師や執筆活動に従事。人生100年時代を最後まで自分らしく生きるためのお金のアドバイスと情報発信がライフワーク。日本FP協会認定CFP、DCアドバイザー、証券外務員二種。