庭を荒らされていた住民の苦労
中田さんの仲介で話し合いが開かれたのは、少し肌寒い午後のことだった。
近所の集会所には、小菅さんと数人の住民が集まっていた。慶子は緊張しながら席に着いた。
「今日は皆さんの事情を伺い、今後のことを一緒に考えたいと思います」
中田さんに促され、小菅さんが口を開いた。
「うちの庭には毎日のように猫が入ってくる。糞や小便の掃除も大変だし、せっかく手入れした庭を荒らされることもあるんだ」
以前も聞いた話だったが、落ち着いた口調で説明されると、小菅さんの苦労が改めて伝わってきた。
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした。猫が庭に入るのは見ていたのに、そこまで気が回らなくて……」
慶子が頭を下げると、小菅さんは腕を組んだまま尋ねた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
中田さんは、給餌場所と時間を決め、食べ残しの片付けや清掃を徹底することを提案した。
「でも、家の近くに猫が集まるのは困りますよ。孫はアレルギーがあるのに」
別の住民から意見が出ると、中田さんは住宅から離れた場所を候補に挙げた。土地の管理者からも使用の了承を得られる見込みだという。話し合いの結果、許可を確認したうえで試験的に餌やりを行い、問題があれば都度見直すことになった。猫用トイレも、設置場所を相談しながら準備する。
「不妊去勢手術も進めます。これ以上猫が増えないようにするためです」
「費用は私も負担します。餌やりの後片付けや掃除も、きちんとやります」
「木村さんには、猫の頭数の確認や捕獲の準備も手伝っていただけると助かります」
慶子はうなずいた。すると、それまで黙っていた小菅さんが口を開いた。
「しばらく様子を見よう。俺もこの前は言いすぎた。ただ、被害が続くようならまた相談させてもらうよ」
「はい。そのときは、きちんとお話を聞きます」
ルールを守って猫の世話を再開
それから数週間が経った。
慶子は許可を得た場所で、決められた時間に猫たちへ餌をあげていた。相変わらずチャチャは真っ先に駆け寄り、クロは少し離れて様子をうかがっている。
「ミケ、こっちでゆっくり食べましょうね」
慶子はミケの容器を離して置いた。食事が終わると容器を回収し、地面にこぼれたフードも拾っていく。
中田さんたちの協力で、1匹目の不妊去勢手術が済んだ。体調を確認して元の場所へ戻され、ほかの猫についても順次準備が進んでいる。慶子も猫たちの行動を中田さんに伝える形で協力していた。
ある日、作業を終えた慶子は、散歩中の小菅さんと顔を合わせた。
「こんにちは、小菅さん」
「ああ、こんにちは。掃除、ご苦労さん」
慶子は笑顔で会釈を返し、冬の日差しが差し込む散歩道をゆっくり歩いていった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
