伝わっていなかった怒りの理由
「私は妊娠してから、毎日体調に気を配って、お酒以外にもいろいろ我慢して生活してるんだよ。健也にも少しは協力してほしかったのに、まるで父親の自覚ないんだから」
「分かった、ごめんって! でも今はそんな話してる場合じゃないだろ!」
「とにかく帰り道でじっくり考えてみて。私が何に怒ってたのかも含めてね」
「だから、歩いて帰れる距離じゃないって!」
健也はなおも抗議を続けたが、朝美が迎えに行くと言わないため、次第に焦り始めた。
「ああ、もう! 何とかタクシーを探すしかないか……」
「タクシーで帰ってくるのは勝手だけど、私は1円たりとも貸さないからね。家計から出すのも禁止」
「はあ!? 迎えにも来ないし、金も出さないってことか?」
「そういうこと。今回は自分で何とかして」
「旦那がこんなに困ってるのに、助けてくれないのかよ!」
その言葉に、朝美は1人で受けた妊婦健診を思い出した。エコーに映る赤ちゃんの姿が目に浮かぶ。
「私が困ってたとき、健也はどれだけ助けてくれた?」
「それは……」
「携帯を貸してくれた人にも悪いから、もう切るね。帰るまでに、自分の行動をよく反省してね」
「ちょっと待てよ、朝美!」
朝美は健也の抗議を無視して、通話を終了した。そして地図アプリを開き、健也が伝えてきた終着駅から自宅までの徒歩ルートを検索する。
「ははっ」
画面に表示された所要時間を見て、思わず笑みがこぼれた。
これだけの距離を歩けば、さすがに飲みすぎたことを後悔するだろう。オクトーバーフェストの件も反省してくれればいいのだが。
朝美はスマートフォンをテーブルに置き、自分のために温かいお茶を用意した。今日は無理をせず、自宅でゆっくり過ごそう。
「パパはどんな顔して帰ってくるかな」
朝美はお腹をそっとなでると、湯気の立つお茶をひと口飲んだ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
