ようやく授かった子どもに夫婦で歓喜

朝美は洗面所で口をすすぎ、タオルで顔を覆った。朝から吐き気がひどく、今日も会社を休むことになってしまった。

「朝美、大丈夫? 何か買ってこようか?」

「ありがとう。でも今は何も食べられそうにないから」

「そっか。じゃあ、今日はゆっくり休んでな」

夫の健也を見送ると、朝美はすぐソファに横になり、目を閉じた。

「はあ……気持ち悪い」

4年半にわたる不妊治療の末、妊娠が分かったのはつい数週間前のことだ。20代から何度も期待と落胆を繰り返してきただけに、朝美は喜びと安堵でいっぱいになった。報告を受けた健也も、嬉しそうに顔をほころばせた。

「やったな、朝美」

「うん。本当によかった」

「親父たちもずっと孫を楽しみにしてたからな。きっと喜ぶぞ」

「そうだね。タイミング見て報告しようか」

「あ、そうだ。お祝いしないとな」

そう言って健也は近所のコンビニに走り、シャンパンと小さなロールケーキを買って帰ってきた。朝美は苦笑いしながら、冷蔵庫にあったジンジャーエールで乾杯した。

「あ、ごめん。ノンアルコールにすればよかった」

「ううん、ありがと」

不妊治療中、朝美は仕事と通院を両立させ、薬の副作用や体調の変化にも向き合ってきた。大好きなお酒も、胎児への影響を考え、妊娠の可能性がある時期には控えていた。当然、妊娠後も摂取するものには気をつけなければいけない。これからが重要だった。

だが、あの日のシャンパンが象徴するように、健也の意識は違っていたようだった。以前は朝美に合わせてお酒を我慢してくれていたのだが、不妊治療が終わった途端、堂々と晩酌を再開している。最近では夕食に唐揚げやポテトを買ってきて、嬉しそうにビールを飲むこともある。

「やっぱり揚げ物にはビールだよな」

「いいなあ」

「また落ち着いたら一緒に飲もうぜ」

以前は2人で晩酌するのが日課だった。だからこそ、健也が飲みたい気持ちは理解できるし、彼が酒を楽しむことに不満はないはずだった。

(もやもやするのは妊娠のせい……)

そう自分に言い聞かせているうちに数か月が経ち、朝美のつわりは落ち着いた。職場にも通常どおり通えるようになったが、胸のもやもやが解消されたわけではなかった。