娘の期待と母親の焦り

学芸会まで1週間ほどになったころ、ママ友のグループチャットでは衣装の話題がますます増えていた。沙織が夕食の片づけを終えてスマートフォンを見ると、何件ものメッセージが届いている。

「このブランド、やっぱりかわいいね」

「今日届いたよ。実物のほうがよかった!」

写真には、きれいに仕立てられた華やかな衣装が並んでいた。沙織も貼られていたリンクを開いてみたが、表示された金額に思わず眉を寄せる。どれも、自分の金銭感覚からすると高かった。だが、画面の中の衣装を見たあとで、ダイニングに置いた自分の作りかけへ目を移すと、どうしても見劣りしてしまう。縫い直した跡もあるし、裾もまだ思うような形にはなっていない。

未来が舞台で恥をかくことになったらどうしよう。

そんな不安が、日に日に大きくなっていた。一方の未来は、沙織の心配など知らず、学芸会の練習を楽しんでいる。

「ママ、今日ね、先生に上手って褒められたよ」

「ほんと。すごいじゃない」

「ここでね、こうしてくるっと回るの」

未来はリビングの真ん中で覚えた動きを披露し、得意そうに笑った。

「早く着て踊りたい」

「……うん。楽しみにしててね」

笑顔でそう返したものの、沙織の胸は痛んだ。

娘への愛情まで疑われた沙織

その夜、未来が寝たあと、沙織は意を決して作りかけの衣装を健太の前へ持っていった。

「健太、ちょっと見て。何度も直してるんだけど、まだこんな状態なの」

「ふうん」

「学芸会まで1週間しかないし、このままだと間に合わないかもしれない」

健太は衣装を一瞥しただけで、すぐにスマートフォンへ視線を戻した。沙織は苛立ちをこらえながら続ける。

「前に話したみたいに、市販の衣装を買うのはどう? 高いブランドじゃなくても探せばあると思う」

「1回しか着ないものに金かけるの、もったいないだろ」

「だったら、作ってくれる人に頼んでみるのは? 調べたら衣装制作を請け負ってるところがあるんだって」

「それこそ高いじゃん」

どちらを提案しても、返ってくるのは金の話ばかりだった。

「じゃあ、どうすればいいと思う?」

沙織が尋ねると、健太は面倒そうに顔を上げた。

「専業主婦なんだから、それくらい自分でやりなよ」

「やってるよ。家事もあるし、未来の送り迎えだってあるのに。その合間にずっと作ってるの」

「でも仕事してないんだから、裁縫するくらいの時間はあるだろ」

あまりの言い草に、沙織は唇をかんだ。

「……簡単だと思うなら、少しくらい手伝ってよ」

「無理だよ。俺が裁縫したことないって知ってるだろ。さっきから文句ばっかり言って、未来がかわいくないの?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。金を出すのは嫌。手伝うのも嫌。何一つ協力しない自分を棚に上げて、健太は沙織の愛情を疑ったのだ。

怒りが込み上げてきたが、健太はもう話は終わったとばかりにスマートフォンへ目を落としている。

結局沙織は何も言わず、衣装を持ってミシンの前へ戻った。

今は怒っている時間さえ惜しい。一体、どうすれば学芸会に間に合うのか。不格好な緑色の布地を抱きしめながら、沙織は1人途方に暮れていた。

●娘・未来の学芸会に向け、裁縫が苦手ながら衣装作りを続ける沙織。夫・健太に助けを求めても、費用を出すことも手伝うことも拒まれ、さらには子どもへの愛情まで疑われてしまう。沙織はどう窮地を切り抜けるのか…… 後編【「そんなに手間かかる?」学芸会の衣装作りを妻に丸投げした夫…子の晴れ舞台で待っていたまさかの結末】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。