遺言書があれば回避できた

最終的には、相続は3人で等分する形でまとまった。

おそらく、雅也さんと一哉さんにとっては、完全に納得できる結論ではなかっただろう。

一方で、竜也さんにとっても、兄弟から面と向かって責められたことは、かなりのショックだったようだ。

手続きとしての相続は終わったものの、兄弟の間にはわだかまりが残っている。

山中さんらの様子を見ると、相続の難しさとは、人間の感情は法律では割り切れないところにあると感じる。

親の家に住ませてもらう。
親の土地を使わせてもらう。
親から一時的に生活を助けてもらう。

このようなことは、家族の中でごく自然な助け合いとして行われることだ。
しかし親が亡くなった瞬間、それらは突然「誰がどれだけ得をしたのか」という特別受益の話になりかねない。

だからこそ、親が特定の子に自身の持つ財産を無償で使わせる場合には、その理由や意思を残しておくことが大切だろう。

今回の事例においても親が山中さんをマンションに無償で住まわせていたことについて「これは相続分の前渡しではない、生活の事情があるため住ませている」「相続では子どもたちを等分に扱うつもりである」といった意思が示されていれば、このような争いにはならなかっただろう。

あるいは、遺言書という形でしっかりと本人の考えが残っていれば、今回の争いは予防できたはずだ。

相続人中で1人だけが何かしらの支援を受けていた場合は、それが特別受益として問題となりうる。

少しでもその可能性があるのであれば、できる限り遺言書などでその利益についてどのように扱うか示しておくべきだ。

そうすることで、死後、相続人たちを無為に争わせることを防げるのだから。