直樹が初めて知った家計の実情

「ちょっと待ってね」

尚子は自室から手帳を持ってきた。頼まれた日と用途、返ってきた金額を忘れないよう、簡単に書き留めていたものだ。

「返してもらってない分は、これだけ残ってるの」

「こんなに……1回や2回じゃないじゃないか」

直樹は手帳を見つめたまま、低い声で呟いた。

「母さん、どうして俺に言わなかったんだよ」

「だってあなた、仕事で忙しいでしょう。それに、結衣さんにお金を頼まれたなんて言ったら、告げ口みたいじゃない。下手に催促して家の中がぎくしゃくするのも嫌だったのよ」

言葉にしてみると、自分でもずいぶん気を回していたのだと思う。家庭内に波風を立てないことばかり考えて、直樹が何も知らない可能性には思い至らなかった。

「……ごめん、母さん」

直樹が頭を下げた。

「俺が結衣に家のことを任せきりにしてたせいだ。母さんにこんな気を遣わせて、本当に悪かった」

「あなたが謝ることじゃないわ」

「いや、俺たち夫婦の問題だよ」

直樹は手帳を閉じ、尚子の前に置いた。

「残ってる分は、俺の貯金からまとめて返す。少しだけ待ってくれ」

「私はあなたに払わせるために話したんじゃ……」

「分かってる。でも、本来うちの家計から出すべき金だろ。だったら俺たちが返すのが筋だよ」

尚子は迷った末、小さくうなずいた。

「……分かったわ」

この判断に、結衣はきっと不満を抱くだろう。悩みの種が消えたわけではない。それでも、ずっと1人で抱えていたことを息子と共有できただけで、尚子は久しぶりに深く息を吐くことができた。