日の傾きかけた午後、尚子は読みかけの本を膝に置いたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。遠くから、子どもたちのふざけ合う声が聞こえてくる。もう少しすれば、孫の悠斗も塾から帰ってくるころだろう。そんなことを考えていると、控えめにドアを叩く音がした。

「お義母さん、ちょっといいですか?」

「ええ。どうかしたの?」

文庫本を閉じて机に置き、老眼鏡を外してから振り返る。

「それが、ちょっとお願いがあって……」

顔を出した嫁の結衣は、やけに神妙な顔をして言いよどんだ。その手に1通の封筒があるのを見て、尚子の胸にある予感が生まれる。

「今回だけ」に引っかかる姑

「悠斗の塾なんですけど、今度、いつもの月謝とは別に特別講習の費用が必要みたいで」

「あら、そうなの」

「それで……悪いんですけど、今回だけ立て替えてもらえませんか?」

やはりそうか、と思った。悠斗は、尚子にとってかわいい初孫だ。

小学5年生にもなれば塾くらい必要だろうし、本人も真面目に通っているようだ。手放しで支援してやりたい気持ちはある。だが、どうしても「今回だけ」という言い回しが胸に引っかかった。

尚子は、受け取った封筒を開けて書類に目を通しながら尋ねた。

「小5生対象 秋季特別講習 40,700円」。

渋るような金額ではない。

「いつまでに必要なの?」

「今週中です。急ですみません。あとでちゃんと返しますから」

「……分かったわ」

「本当ですか? ありがとうございます。助かります」

結衣の表情が目に見えて明るくなる。尚子も「悠斗のことだもの」と笑ってみせたが、その笑みは自分でも少しぎこちなく感じられた。

「じゃあ、夕飯の準備をしてきますね」

「ええ、お願い」

結衣がキッチンへ向かうと、部屋には尚子1人が残った。

「……またなのね」

誰に聞かせるでもなく呟き、尚子は椅子の背にもたれた。窓の向こうへ目を向けると、オレンジ色の西日が向かいの家の屋根を照らしている。

眩しさに目を細めながら、尚子はこの家で暮らし始めたころのことを、ゆっくりと思い返していた。