3.資産形成層に及ぶ影響

(1)「申告しなければ影響はない」という前提の崩れ

これまで、上場株式等の配当・分配金・譲渡益については、申告分離課税を選択し、確定申告を行わなければ、国民健康保険料や介護保険料、医療の窓口負担割合の算定には反映されませんでした。

このため、投資による金融所得が多い一方で年金収入が少ない場合などには、医療・介護に係る負担を低く抑えることができました。

しかし、今回の改正は、「金融所得を社会保障負担に反映させる」という方向性を示したものと捉えることができ、将来的に資産形成層にも同様の考え方が議論される可能性があります。

(2)老後の「見かけの低所得」が通用しにくくなる

資産形成層の中には、現役時代に金融資産を積み上げ、老後は年金収入に加え、金融資産の運用益を取り崩して生活するというライフプランを想定している人も少なくありません。

しかし、金融所得が医療・介護負担に反映されるようになれば、「年金収入は比較的少ないが、金融所得が多い」高齢者にとっては、従来の想定よりも高い医療保険料や窓口負担割合が求められることになります。

これは、老後資金を蓄える行為そのものを否定するものではありませんが、金融資産の保有や運用から生じる所得が社会保障負担に直接結び付くという点で、従来とは異なる前提に立った資産形成の設計が求められることを意味します。

4.これからの資産形成に必要な視点

(1)「税」だけでなく「社会保障」を含めた総負担で考える

資産の状況によって税や社会保険料の負担が大きく左右されることを踏まえると、今後の資産形成においては、資産を単に積み上げることにとどまらず、税や社会保険料を含めた「生涯を通じた総負担」という視点を持つことが不可欠となります。

特に金融所得は、将来の医療保険料の算定や窓口負担割合の判定に影響を及ぼす可能性があります。そのため、収入源を一つに偏らせるのではなく、年金や給与などを含めて分散・多様化することで、年間所得の変動を抑制し、こうした負担増の影響を一定程度緩和する効果が期待できます。

(2)NISAの役割は今後さらに重要に

金融所得の把握が強化される方向性を踏まえると、NISAの制度的価値は単なる「非課税」にとどまらない意味を持ちます。

NISA口座の非課税投資枠(生涯で最大1,800万円)で得た運用益は課税所得に反映されないため、今回の制度改正後も、医療保険料や窓口負担割合の判定には影響しません。

すなわち、NISAは税や社会保険負担の影響を受けにくい安定的な資産形成手段として、長期的な可処分所得の確保を支える重要な役割を担っているといえます。

(3)金融所得の「出し方」を分散させる

もっとも、NISAの活用によって一定額の金融資産を非課税で保有できる一方、NISA枠を超える資産や課税口座での運用については、依然として金融所得が社会保険負担等に影響を及ぼす可能性があります。

そのため、資産形成においては「いくら資産を保有するか」だけでなく、「金融所得をいつ、どのように実現するか」という視点も重要になります。特に高齢期においては、特定の年に金融所得が集中することで、医療保険料や窓口負担割合が急激に上昇する可能性があります。このリスクは、現在の資産形成層にとっても将来的に直面し得る課題といえます。

5.家計における資産保有の実態

こうした金融所得の「出し方」を意識した出口戦略の重要性が高まる背景には、日本の家計における資産保有の実態があります。

実際、日本人が親から相続した財産額は、平均値3,273万円、中央値1,600万円に上るという調査結果[図表2]があります。これは、老後資金不足への不安がしばしば指摘される一方で、実際には一定規模の資産を保有したまま相続に至る世帯も少なくないことを示しています。

こうした状況下で、金融所得が税負担だけでなく、社会保障負担の判定にも影響を及ぼす方向で制度整備が進めば、資産形成に対する考え方にも変化が求められる可能性があります。そのため、老後資産についても、単に資産の蓄積を重視するだけでなく、自らの生活のためにどのように活用していくかという視点が一層重要になると考えられます。

老後資産を考える際には、老後破たんリスクへの備えだけでなく、必要以上に資産を残すことで、自らの生活の充実や資産活用の機会を逸する可能性にも目を向ける必要があります。

今回の制度改正は、「どれだけ資産を持つか」だけでなく、「資産を自分のためにどう使い、豊かな生活につなげるか」、さらには「いつ、どのように取り崩すか」といった出口戦略を考える必要があることを示す一つの転換点といえるでしょう。

[図表2]親から自身が相続した財産額(回答者全員)

 

*1:両親から相続経験がある方は両親からの財産額、片親のみ相続経験がある方は片親からの財産額
*2:平均値[中央値]を表示(万円単位未満を四捨五入)

出所:MUFG資産形成研究所「退職前後世代が経験した資産承継に関する実態調査」(2020年10月)