悲しみに暮れる暇もない…1人で背負った「死後の現実」

2025年の夏休みは一緒に沖縄の海に潜りに行ったくらいですから、夫には特に持病や体の不調があったわけではありません。ある日突然、仕事中に急性脳疾患で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されたのです。死亡診断書を書いた医師の方も、「ご本人はほとんど苦しまなかったと思いますよ」と慰めてくれたほどでした。

とはいえ、長患いで亡くなったのなら時間をかけて少しずつお別れの準備もできるのでしょうが、夫の場合は本当に急なことで、一周忌を前にしても今にも「ただいま!」と帰ってきそうな気がします。夫の死を実感できないのは、私以上に80代の義両親がすっかり動揺してしまい、私はそのケアに回らざるを得なかったという事情もあります。

夫の両親は県内で小さな飲食店を経営しながら、ひとり息子の夫を大学まで出してくれました。「お前は学費の心配はしなくていい」と両親が背中を押してくれたおかげで、奨学金を利用することもなく第一志望の私立大学を卒業することができたと、夫から何度も感謝の言葉を聞かされました。

そんな親の恩に報いようと、夫は義両親をとても大事にしていました。誕生日や父の日、母の日には毎年プレゼントを欠かしませんでしたし、義両親が70歳を過ぎた頃からは、仕事が忙しい中で盆暮れだけでなく頻繁に実家に顔を出し、高齢の二人暮らしをサポートしてきました。

私たち夫婦は子どもに恵まれませんでしたが、子どもが先に亡くなる逆縁は親にとって一番つらいことだと言います。ましてや、高齢になって頼りの息子を亡くした義両親は耐えられない思いでしょう。

ですから、夫の通夜や告別式は、憔悴しきった両親を親戚や夫の友人、仕事仲間が慰めるという格好になり、私は夫の死を悼む間もなく、1人で粛々と式の手配や夫の死後の手続きなどを進めていかざるを得ませんでした。