すべてが変わったあの日

夜、沙織と瑠璃が寝静まったあとも、修吾はリビングに残っていた。スマホ画面には求人情報が表示されているが、少しも文字を追えていない。2年前のことを思い出していたからだ。

「ちっ……」

当時、修吾は中規模の運送会社で働いていた。

30代後半で係長に就任して早8年。順当に行けば、そろそろセンター長の席が見えてくる。ドライバー出身のキャリアとしては上出来だった。

「主任、今年の新人はどうだ?」

「あー、運転は丁寧なんですけど、まだ時間が読めないですね」

「そうか。なら、慣れるまで近距離のルートにまわした方がいいな」

自らも現場に出ながら、労務管理や新人教育を行う。体力的にはきつかったが、その分やりがいは感じられたし、自分が家族を支えているという実感もあった。

ところが、2年前のある日、すべてが変わった。

本社での研修終わり、同僚に誘われて飲みに寄ったのだ。それ自体は大して珍しいことではない。いつも通り仲間と仕事の愚痴を言い合い、ほろ酔い気分で店を出た。

「そろそろ帰るか」

「ああ。また来週な」

同僚と別れ、駅へと向かった修吾は、ホームに続く階段を下りようとした瞬間、足を踏み外し、そのまま転げ落ちた。

あのとき感じた激痛を、今でも覚えている。落下のタイミングで右足の付け根を強く打ち付けたらしく、股関節を骨折。手術後も、数カ月間は通院とリハビリの日々が続いた。何とか歩けるようにはなったものの、右足には軽い後遺症と鈍い痛みが残った。

仕事帰りの事故ではあったが、私用の寄り道を挟んでいたことに加え、本来の通勤ルートから外れていたため、労災の対象にはならなかった。補償も思ったほど受けられず、貯金は目に見えて減っていった。

「あの日、まっすぐ家に帰っていれば」

何度考えても、過ぎた時間は元には戻らない。

会社もしばらく復帰を待ってはくれたが、長時間歩くことも、重い荷物を運ぶことも難しい修吾に、元のポジションに戻る道はなかった。

そこで修吾は、配車や事務の部署に異動できないかと願い出た。だが、そういった枠はもともと少なく、経験者が優先されるのだと上司から申し訳なさそうに言われた。

「正直、現場に出られないと厳しいよ。大企業なら何とかなったかもしれないが……」

現在は知人の紹介で、月に数回だけ倉庫整理や軽い仕分けを手伝っている。それでも足が痛む日は休ませてもらうしかなく、当然ながら収入は安定しない。

「どうして俺が、こんな……」

暗がりに光るスマホ画面には、似たり寄ったりの求人情報が並んでいる。10代のころから地道に積み上げてきた実績で手に入れた立場を失った今、まだ一から始めるしかないのか。

「くそっ……」

修吾は右足をさすりながら、応募ボタンの上に置いた親指を離した。