放置が続いた母の事情
「母さん、最初に買ったときのこと、覚えてる?」
ややあって真希は、努めて穏やかに尋ねた。母は記憶を手繰り寄せるように首を軽く傾げている。
「はっきりは覚えてないけど……スマートフォンを見てたら、腰にいいって宣伝が出てきたのよ」
「ネット広告ってこと?」
「たぶん、そう。初めての人は安く試せるって書いてあったから」
真希は居間の低いテーブルに明細を並べ、スマホで販売元の名前を検索した。販売ページには、初回お試しセットの金額が大きく表示されている。そして、その下には細かい文字で購入条件の説明が続いていた。
「これ、初回だけじゃなくて、そのあとも届く定期購入の契約になってるみたい」
「そうなの?」
母は本当に驚いた顔をした。
「申し込むときに、説明が書いてあったはずだよ」
「一応読んだつもりだったんだけどね、でも文字が小さいし。安いから1回だけ試してみようと思って」
「それで、実際飲んでたの?」
「最初は飲んでたわよ。でも、あまり変わらなくて。すぐに飲まなくなっちゃって」
「それなのに、毎月受け取ってたんだ」
真希が言うと、母は小さくうなずいた。
「おかしいとは思ったの。でも、どうやって止めればいいのか分からなくて」
「箱に問い合わせ先とか書いてあったでしょ」
「探してみたけど、どこにかければいいのか、よく分からなかったのよ。説明も細かい字ばかりだし」
その時点で自分に聞いてくれればよかったのに。どうしても呆れる気持ちが先に立つ。真希は明細から顔を上げ、ため息をこらえた。
「それで、ずっと放っておいたの?」
「うん……腰が痛いと、そういうのを調べるのも面倒になってね。明日見よう、今度やろうって思っているうちに、また次が届いて」
「母さん」
一瞬非難がましい声が漏れたことに気づき、真希は口を閉じた。母は叱られた子どものように目を伏せている。
「真希に言えばよかったんだけどね」
しばらく押し黙っていると、母がぽつりと言った。
「ほんとだよ。もっと早く相談してくれればよかったのに」
「でも、真希も仕事と子どものことで大変でしょう。これくらい、自分で何とかしないとって思ったのよ」
その言葉で、真希の中にあった怒りは行き場を失った。母が1人で問題を抱え込むに至った原因は、忙しさを理由に、実家から足が遠のいてしまっていた真希にもあるのだ。
スマホの画面を伏せ、座敷を見渡すと、積み上がった段ボールが、母が1人迷い続けていた孤独な時間のようで、ひどく重く感じられた。
