「兄を説得したいんです」

拓海さんが私の事務所へやってきたのはそんな時だった。

「兄を説得したいんです」

そう言って差し出されたのが、先に説明したスマートフォンの動画だった。

私はそれまでの経緯を拓海さんからヒアリングしていく。その内容を踏まえ、私は静かに説明していった。

「お気持ちは分かります。ですが、法的には、この動画に遺言としての効力はありません」

拓海さんが驚く。無理もない。現在の日本では、法律によって、遺言には厳格な形式が定められていることなど、知っている人はほとんどいない。

参考までに現行の法制度で認められた遺言の形式は下記3つだ。

・手書きで書かれた「自筆証書遺言」

・内容を秘密にしておける「秘密証書遺言」

・形式が決まっており、不備となることがない「公正証書遺言」

なお、このうちテレビや雑誌などでよく取り上げられ、我々になじみ深い遺言は、最初の「自筆証書遺言」だ。

今回のような動画形式の遺言は、現行法上、正式な遺言としては認められていない。

だが、拓海さんは納得できない。

「それでも、どうしても内容証明を送ってください。兄を説得したいんです。」

効果があるとは思えないと何度も説得したが、拓海さんの熱に押され、私は兄・智徳さんに対して内容証明を作成し、送付することとした。

兄弟の仲は最悪に…

やはりというべきか、内容証明に効果はなかったようだ。

後日拓海さんから聞いた話によれば、最終的には遺産は兄弟で半分ずつ相続することに決着したという。一方、兄弟の仲は最悪になってしまったようだ。

拓海さん曰く、「今後は親戚の葬儀でもない限り顔を合わすこともないでしょうね」とのことだ。

近年ではスマートフォンで高画質な動画や写真を簡単に撮影できる。そのため、遺言を動画で残したいという方も増えてきた。

だが、遺言には法で定められた形式が必要だ。本人の意思が明確であっても、その形式に則っていなければ遺言は無効とされてしまう。

むしろ、下手に動画が残っていると、相続争いのタネになってしまうこともある。遺言を残す時は、絶対に動画や写真で残してはいけない。必ず法で決められた形式で残すべきだ。

必要に応じて専門家に相談したうえで作成していただきたい。

※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。