夫婦が選んだ妥協点

夫の涙を見て、私の中の黒い塊が、すうっと溶けていくのを感じた。

この男も、寂しかったのだ。老いることへの恐怖に、私と同じように怯えていたのだ。すべてを許したわけではない。1500万円は戻ってこない。それでも、この男をここで見捨てたら、本当に2人とも終わってしまう。

「……東京へ、戻りましょう」

私は夫の隣に座り、静かに言った。

「でも、杉並区には戻れない。あそこは家賃が高すぎるわ。私の実家がある埼玉の郊外で、小さなアパートを探しましょう。私もまたパートを探す。あなたも、プライドを捨てて、警備員でも清掃でも何でもやって」

夫は顔を上げ、濡れた目で私を見た。

「……お前、いいのか? 俺みたいな男で」

「よくないわよ。一生かけて償ってもらうんだから」

私たちは、この古民家を売却することにした。買い叩かれ、二束三文にしかならなかったが、残った借金はなかった。

現在、私たちは埼玉県の築30年のアパートで暮らしている。夫は週に4日、地元のスーパーで品出しのアルバイトを始め、私は週に3日、お惣菜屋さんで働いている。2人の手取りを合わせても、かつての夫の月給の半分にも満たない。

大自然の中の華やかなスローライフは幻だった。けれど、狭いダイニングテーブルで、2人で1つのみかんを分け合って食べる今の生活の方が、私たちにはお似合いだ。私たちは終の棲家を、失敗の果てにようやく見つけた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。