想定外の出費と募る不安
洋翔は、週末ごとにサッカークラブへ通うようになった。
最初の数回は、新しいユニフォームを着るだけでも嬉しそうだった。鏡の前で胸のエンブレムを触り、翔太にトレーニングシューズの紐を結び直してもらうと、少し照れた顔で足元を見下ろす。
「似合ってるな」
「ほんと?」
「ああ。今日も頑張っていっぱい走れよ」
グラウンドに着くと、翔太は応援席から洋翔の動きをずっと目で追っている。洋翔がボールを蹴るたびにうなずき、嬉しそうに笑った。
帰宅してからも、翔太の熱量は変わらない。
「今日はよく走れてたな」
「うん。でも全然うまくできなかった」
「いや、ラストのあの蹴り方は、よかったぞ。次はもう少し足を横に向けるといい」
「そっか、分かった」
洋翔は父に褒められ、はにかむように笑った。
しかし、半年ほど過ぎたころから少しずつ朝の様子が変わっていった。
練習の日になると、声をかけてもなかなか布団から出てこず、洋翔は起きるのが遅くなった。朝食のパンも半分ほどで手が止まり、練習着を出すまでにも時間がかかった。
「洋翔、そろそろ着替えないと」
「……うん」
「眠いのか?」
「ちょっと」
翔太は支度をしながら、軽く笑った。
「慣れれば平気だよ。最初はみんなきついんだ」
しかし、練習から帰った洋翔は、靴を脱ぐなりソファに沈み込むようになった。翔太が「今日は最後まで走れてたぞ」と話しかけても、洋翔は「うん」と曖昧にうなずくだけだった。
そんなある日の夕食中、洋翔がふと思い出したように言った。
「颯真くんがね、バスケクラブ行ってるんだって」
「颯真くんって、同じクラスの?」
「うん。休み時間にちょっと教えてくれた。体育館でやるんだって」
洋翔の声が少し明るくなったことに気づき、実花は箸を持つ手を止める。
「バスケ、楽しかった?」
「うん。ゴールは入んなかったけど、ドリブルは結構上手くできた」
そこまで言うと、洋翔はちらりと翔太を見た。
「そうか。よかったな」
「うん」
「突き指とか気をつけろよ。怪我するとクラブ休まないといけないからな」
「……うん」
洋翔は小さく頷いたあと、味噌汁の椀を両手で持った。バスケの話はそれきりになったが、その夜、実花の頭には洋翔の久しぶりに楽しそうにうわずった声が何度も繰り返された。
●息子の洋翔が名門サッカークラブに入会し、父・翔太の熱は高まっていく中、妻の実花はその勢いについていけずにいた。一方、入会後しばらくすると洋翔にも少しずつ様子に変化が現れていく…… 後編【「逃げ癖がつく」は禁断の一言? 限界突破した父の情熱と圧に息子が初めて漏らした本音】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
