週末のグラウンドには、朝から子どもたちの声が響いていた。白線の引かれた芝の上を、ユニホーム姿の小学生たちが懸命にボールを追っている。実花は受付で渡された資料を手に、隣に佇む夫・翔太を見た。今朝は、家を出るときからずっと上機嫌だ。
「やっぱりいいな。低学年でも、ちゃんとした練習してる」
翔太がこのサッカークラブを選んだのは、偶然ではない。仕事の合間に念入りに情報を集めた末に、ここに決めたのだ。過去にJリーガーを輩出したこともある、実績のあるクラブだと、昨夜も実花に説明していた。
翔太が学生時代からサッカーに打ち込んできたことは知っている。息子にも同じ楽しみを味わってほしいのだろう。その熱意を否定したいわけではない。しかし、当の洋翔はまだ小学校に入ったばかりだ。
「今日は見学だけね」
「もちろん。まずは雰囲気を見て話を聞くだけ」
やがて洋翔はスタッフに案内され、同じ1年生くらいの子たちの輪に入っていった。最初は緊張した面持ちでこちらを振り返っていたが、ボールを渡されると自然と表情がゆるんでいったのが遠目で見ていてもよくわかった。
コーンの間を走り、足元のボールを蹴る。上手く転がらなくても、楽しそうな周りの子たちにつられて洋翔も笑っていた。
「あ、今の見た? 結構センスあるかもな」
「ほんと?」
「うん。本人も楽しそうだし、サッカー向いてるよ、絶対」
きっと同じ年頃の子たちと一緒に走る、その雰囲気が楽しいのだろう。
やがて体験が終わると、スタッフがコースの説明をしてくれた。低学年のうちは楽しむことを大切にしながら、上の学年になると試合や合宿も増え、希望者は強化クラスを目指せるという。翔太は前のめりになりながら何度もうなずいていた。
「資料で見たんですけど、ここからプロになった選手もいるんですよね」
「はい、いますよ。もちろん全員がそこを目指すわけではありませんが、長く続ける子は多いです」
その返事を聞いた翔太の顔が、さらに明るくなる。実花は彼の横顔を見て、胸の奥に小さな戸惑いを覚えた。
「洋翔、サッカー楽しかったよな?」
帰り道、もらったチラシを丸めたり伸ばしたりしながら歩く洋翔に、翔太が声をかけた。
「学校の体育よりかは楽しいかも」
「また行きたいだろ?」
洋翔は少し考えてから、「うん」と答えた。
体験が楽しかったというのは本心だろう。しかし、クラブに入る意味を理解しているのかは怪しい。それに入会したとして、本当に続けられるのか。あれこれ考えている実花の横で、翔太は満足そうにうなずいた。
「よし。じゃあ申し込みしよう」
「え、もう決めるの? もうちょっと話を聞いてからでも」
「洋翔も楽しかったって言ってるし、大丈夫だよ。始めるなら早いほうがいい。なあ、洋翔?」
洋翔は父の声に答えるかのように、チラシを握りしめたまま家のほうへ駆け出した。それを見て翔太も走り出す。実花は2人の背中を追いかけながら、言葉を飲み込んだ。
