母に言えなかったお金の悩み
翌日の昼、はるかの熱はようやく下がり始めていた。
まだ体は重かったが、昨日のような悪寒はない。ベッドの背にもたれてスポーツドリンクを飲んでいると、台所から鍋のふたの触れ合う音がした。
母は朝から部屋の中を動き回り、洗い物を片づけたり、足りないものを近くの店で買ってきたりしている。
「おかゆ、少し食べられそう?」
「うん。たぶん」
「食べられる分だけでいいからね」
小鍋を持ってきた母は、ベッド脇の折りたたみテーブルに器を置いた。湯気の匂いを嗅ぎ、スプーンを口に運ぶと、空っぽだった胃がようやく動き出した。
「おいしい」
「それならよかった」
母はそう言って向かいに座る。そして少し間を置いてから、静かな声で続けた。
「なんで言わなかったの。連絡くれたら、すぐに来たのに」
はるかはスプーンを止めた。
「だって……ただの風邪だと思ってたから……わざわざ言わなくてもいいかなって。熱出たくらいで、来てもらうの悪いし」
「でも、それだけじゃないんでしょ」
図星だった。
はるかは器に視線を落としたまま、小さく息を吐く。
「今、お金……あんまりなくて。お母さんにバレたら、また心配されるし嫌だなって思って」
「そんなことだろうと思ったわ」
母はいつになく優しげな口ぶりだった。そのぶん、はるかは余計に気まずくなる。
「1人暮らし始まったばっかりで、いろいろお金かかって。思ったより減るの早くて」
「それは分かるよ。最初は誰でもそんなもんだから」
「でも、相談したら、なんかダメな気がして」
「何がダメなの」
はるかは答えに詰まる。自分でも、うまく言えなかった。ただ、上京して1人でやっていくと決めた以上、すぐに親を頼るのは格好悪い気がしていた。
「なんでも1人でできるようになるのが、1人暮らしじゃないよ」
母ははるかの顔を見て言った。
「特に、お金のことはちゃんと相談しなさい。無理して黙ってたら、あとでもっと困るんだから」
「……うん」
「体調悪いときはなおさら。変な意地張らないの」
はるかはうなずいた。熱の下がりかけた体に、母の言葉がゆっくりしみていく。
「ごめん」
それだけ言うと、母は肩の力を抜いて微笑んだ。
「分かればいいの」
窓の外は明るく、乾いた春の風がカーテンをかすかに揺らしていた。
