<前編のあらすじ>
大学進学を機に上京し、1人暮らしを始めたはるか。引っ越し当日、心配性の母はあれこれ口を出すが、はるかは早く自立したい気持ちでいっぱいだった。
4月に入り大学生活が始まると、定期代や教科書代、友人との外食など想像以上に出費がかさむ。両親や祖父母からもらった入学祝いはみるみる減り、はるかはバイトを探す必要に迫られる。
そんな中、高熱に倒れてしまったはるかは、病院に行くべきだと分かっていても、残高が心配で動けない。母からのメッセージにも返信できないまま、はるかは1人きりの部屋で不安を抱え続けていた。
●前編【「大丈夫」と笑った娘に異変…上京した新生活で母の不安が最悪の形で現実になろうとしていた夜】
熱に倒れた娘のもとへ
浅い眠りの中で、はるかは何度も同じ音を聞いた。
最初は完全に夢だと思っていた。しかし、少し間を置いてまたインターホンが鳴り、そのあとすぐにドアを叩く音が重なる。
「はるか! いるんでしょ!」
その声に、はるかは重いまぶたを開けた。
訪問者は母だった。
どうしてここに、と考えるより先に、身を起こしていた。それだけで頭がくらみ、壁に手をつきながら、どうにか玄関まで歩いた。ドアを開けた瞬間、母ははるかの顔を見て息をのんだ。
「ちょっと、何その顔。熱?」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとなわけないでしょう。声も枯れてるじゃない」
母は返事も待たずに部屋へ入り、脱ぎ散らかした上着や床に転がったペットボトルに素早く目を走らせた。それでも小言は言わず、はるかの額に手を当てる。
「病院行くよ」
「でも……」
「いいから行くの。インフルだったらどうするの」
はるかは何も言えず、口を閉じる。母はバッグからスマホを取り出しながら、保険証はどこ、と短く聞いた。
「財布の、中……」
「分かった。あ、よかった。すぐ近くに内科あるみたい。タクシー呼んでも意味ない距離だけど、歩けそう?」
「うん……」
支えられるようにして外へ出ると、春の日差しが目に痛かった。のろのろと病院まで向かい、検査を受けると、あっさりとインフルエンザだと告げられた。
「ほら、やっぱりね。病院行ってよかったでしょ」
「うん……」
部屋へ戻ると、母はコンビニで買ってきたスポーツドリンクやゼリーを冷蔵庫に入れ、散らかったゴミをひとつにまとめた。
「ほら、先に薬飲みなさい」
「……うん」
「何か食べられそう?」
「ゼリーなら」
「じゃあ開けるから、座って」
はるかは言われるがままベッドに腰を下ろした。狭い部屋に母の動く気配があるだけで、病気の心細さが薄れていく。情けないと思うのと同時に、泣きたくなるほど安堵している自分がいた。
