何を言っても届かない夜

家を訪れてからは2人で会うことはなかった。たまに博樹から連絡をしたりするが、やりとりが盛り上がることはなく、次のデートの誘いもすることはなかった。

関係は終わりに向かっていると感じながらも、博樹は何も言えずにいた。そんなある日、仕事が終わり会社を出ると百合子から声をかけられた。

「ちょっと一緒に歩こうよ」

そう言われたので博樹はうなずいた。しばし無言で歩き、会社からある程度離れたところで百合子が前を向いたまま口を開いた。

「別れましょう。私たちは一緒にいても合わないと思う」

話しかけられたときからなんとなく予想がついていたので博樹はうなずいた。

「……そうだね」

「今までありがとう。それじゃあね」

百合子はそのまま駅に向かって歩いて行こうとした。博樹は思うところがあって百合子を止めた。

「……どうしてあんなに怒ったのかだけ教えてくれないか? それだけがずっと引っかかってたんだ」

百合子は足を止めて振り返った。

「デート代割り勘とかそんなのは別にどうでもいいの。でも私のことを全く考えてくれてなかったってことが嫌だったの」

「百合子のこと……? メイク代とかそういうこと……?」

「他にもいろいろあったのよ。たとえば洋服。汚れてたのに、あんな格好であんなにいいお店入るの恥ずかしかったし、博樹にはそういうのも気遣ってほしかった」

「なるほど……」

「わがままかもしれないけど、そういう細かいところ。たぶん博樹には博樹の理想のデートがあって、それをなぞろうとしてたんだと思う。でも、私が望んでるのはそういうことじゃなかったの。これ以上一緒にいてもお互いが何かを我慢しなくちゃいけなくなるだけだと思うし、ごめんね」

そういうものなのか、と思いつつ反論はなかった。きっといつの日か徹に言われた通り、合わなかったのだろう。なんだかひどく疲れていて、立ち去っていく百合子を見送りながらどこかほっとしている自分がいることに、博樹は気づいていた。

   ◇

別れてから2日後、博樹は徹といつもの店で昼食を食べていた。

蕎麦を食べる博樹を見ながら徹は声をかけてきた。

「かなり別れるの早かったな」

やはり博樹たちが別れたことは部署内に広まっていた。その空気を博樹は感じてかなり気まずさを感じながら働いていた。

「……早くみんなに忘れてほしいよ」

「まあすぐにみんな気にしなくなるよ。でも桜井は何も気にした感じなく仕事してるな」

博樹は感心してうなずく。

「すごいよな。周りにどんな目で見られようと関係なく仕事をできるんだから。ああいう芯の強いところが俺は好きだったんだよな」

博樹がつぶやくと徹は目を丸くする。

「……まだ引きずってる?」

「まさか。遠くから見てるくらいでいいって分かったよ。仕事上頼りにはなるけど俺は一緒にはいられないから」

心からそう思って博樹は蕎麦を勢いよくすすった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。