シールが貼られた「あの箱」

翌日、亜樹は幸平の家へ向かう途中で、駅前のコンビニに立ち寄った。

「アイスでも買っていこ」

店内は商品の入れ替え時期らしく、特設棚には、ホワイトデー向けだった菓子の箱がまとめて並べられている。赤い値下げシールがあちこちに貼られていた。冷蔵エリアへ向かいかけた足が、棚の前で止まる。

「これ……」

幸平からもらったものと全く同じだった。淡いブルーの小箱。パッケージの写真。角に入った店名のロゴまで同じで、見間違えようがない。

亜樹は思わず値札を見た。もともと廉価な商品が、半額になっていた。売れ残りを片づけるための値下げなのだとわかる。

ただ、その処分品の棚に、昨日自分が受け取った箱が何個も積まれているのを見た瞬間、胸の奥に芽生えた小さなしこりは、急にはっきりした存在感を持った。

結局、何も買わないまま店を出て、幸平の部屋に着いた。玄関を開けた本人はいつもどおりの顔で「早かったね」と笑った。その普通さに、かえって亜樹の中の苛立ちが浮き上がる。

「さっき来る途中でコンビニ寄ったの」

「そっか。アイスでも買って……ないね。あんまいいのなかった?」

「……ホワイトデーに幸平がくれたのと同じやつ、見たよ」

「あー、あれ? まだ売ってるんだ」

「値下げされてて、棚にいっぱい置いてあった」

幸平は一瞬だけ黙り、それから「そうなんだ」と軽く返した。何でもないような言い方が、亜樹にはたまらなかった。

「それだけ?」

「いや、別に……だって、そういう時期じゃない? ホワイトデーは終わったんだから」

「わかるよ。値下げされるのは仕方ない。でも、もうちょっと考えてくれてもよかったんじゃないの」

「え、何だよ。ちゃんと返しただろ」

目の前にいるのに伝わらないもどかしさが募る。亜樹は靴も脱がないまま玄関に立っていた。

「そういうことじゃない。婚約してから初めてのプレゼントだったのに、あまりに普通すぎるって言ってるの」

「そんな言い方ある? 亜樹だってバレンタインのあれ、よくできてたけど普通に手作りでしょ?」

「私は、すごくいろいろ考えて渡したの。時間も手間もかかってる」

「だからって、同じ熱量を求められても困るよ」

その一言で、目の奥がかっと熱くなった。

「困るって何。私だけ張り切ってバカみたいじゃない」

「たかだかバレンタインのお返しで、そこまで言うのは心が狭いよ」

言われた瞬間、頭の中がすっと冷えた。幸平はまだ何か言おうとしていたが、亜樹はその前に鞄を持ち直した。

「帰る」

「え、ちょっと待てって」

「これ以上話したくない」

部屋に上がることもなく、亜樹は踵を返した。背後で名前を呼ばれた気がしたが、振り向かなかった。惨めさに唇を震わせながら、亜樹はエレベーターの閉まる扉を見つめていた。

●婚約後初めてのホワイトデー。幸平からのお返しに複雑な思いを抱えた亜樹は、翌日コンビニでもらったお菓子と同じ箱を見つけてしまい、幸平と口論に。「心が狭い」と言われた亜樹は部屋を飛び出した…… 後編【「高いものが欲しかったわけじゃない」ホワイトデー口論で見えたギャップ…やっと気づいたすれ違いの本質】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。