孤立を深める拓郎
そんな生活が1カ月ほど続いたあるとき拓郎は部長から会議室に呼び出しを受けた。何かミスをしてしまったかと思ったが部長が話した内容は思ったものではなかった。
「大森、お前の気持ちは分かる。離婚して辛いのは分かる。だが部下を飲みに誘うのはもうやめろ」
「……え?」
「みんなが迷惑をしている。これ以上はパワハラになる可能性もあるんだ。だから問題になる前にやめろ」
家に帰るのが億劫になった拓郎は料理や片づけの手間を省こうと外食をするようになったのだが、1人よりも大人数のほうがいいと思い部下たちを誘っていたのだ。
しかしどうやら相手方が嫌がっていたらしい。悪意など拓郎にはみじんもなかったが、パワハラになると言われてしまったらもう拓郎としてはどうすることもできない。
拓郎は部長に頭を下げた。
「……分かりました。以後気を付けます」
拓郎は自分が会社でも孤立していたということに気付いた。
雑貨屋で働く妻の本当の表情
仕事が終わり電車に乗り込んだのだが、一度椅子に座ると立ち上がる気力がなかった。またあの家に戻るのかと思うと体が重たかった。結局自宅近くの駅を通り過ぎた適当なところで降りてみた。駅前には明かりが付いた店が数多くあり、人通りも多かった。自分を知ってる人が誰もいないところを歩くのは居心地が良かった。
どこかの店で食事をしようと思い、歩いていると一軒の小さな雑貨屋が目に入った。雑貨屋だと思い、立ち止まるとガラス窓から店内を見渡すことができ、そこに明子の姿があった。拓郎はそこから動くことができなかった。
明子は笑顔でお客を相手にレジ業務を行っている。こんなに笑っている明子を見た記憶が拓郎の中にはなかった。本当にやりたいことをやってるとき、明子はこんなに楽しそうにしているのだ。拓郎の前ではそんな笑顔は見せたことがない。ずっと家族のために我慢をしてきた人生だったのだ。
1人で生活をしてみて本当に明子のおかげでやってこれたのだと、今さら身をもって感じていた。
喧嘩をした夜のことがフラッシュバックのように蘇ってくる。
俺のおかげで生活ができているくせにと言ってしまった。きっとあれが離婚の決め手になった。本当に自分はダメな夫だった。明子に支えられてきてたくせにそのことを離婚するまで気付けなかったのだから。
拓郎は明子から目線をそらし、来た道を戻っていった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
