思い出を振り返っていたら……

父はとにかく破天荒な人だった。大真面目な顔で突拍子もないことをするから、周りはいつも振り回されていた。そのせいで母にも愛想を尽かされることになった。

再婚して新しい家庭を築いた母は、一足先に天国へ旅立ってしまったが、もしも生きていたら、きっと父の葬儀に顔を出したに違いない。「相変わらず迷惑な人ねえ」などと笑いながら。

父の数々のエピソードを思い返しながら、礼子はふと亮平のほうを見た。  

「とりあえず、家に戻ったら仏壇の準備をしないとね」

「そうだな。あとは、遺産の管理か。礼子が管理するんだろ?」

「他にできる人もいないしね。とはいえ、正直、整理するほどの財産があるとは思えないのよね。ずっと年金暮らしだったし……」

「貯金とか、不動産とかは?」

「そりゃ、貯金はちょっとはあると思うけど、大した額じゃないはず。家も古いし、売ったところでそんなに値はつかないだろうし。大変なのは、実家の整理かな。お父さん、よく分かんないものすぐ買って溜め込む癖あったし」

「たしかに。なんか、前にもらったアフリカだかの置物、正直困ったもんな」

「ほんと、ああいうの一体どこで見つけてきてたんだかね」

ため息をつきながらも、頬が緩む。そういう破天荒さや意味不明さも今となってはいい思いでのひとつだ。

礼子の隣で亮平がふっと笑った。

「どうしたの?」

「いや、思い出し笑い。お義父さん、本当に楽しい人だったよな」

「そうねぇ。楽しい人だった」

亮平に釣られるように、礼子もどこか懐かしげに微笑んだ。

「こちらが竹岡雄造さんが購入された区画ですね」

「……え?」

目の前の光景を見て、礼子はしばし言葉を失った。住職に案内された場所にあったのは、何もないだだっ広い更地だった。いや、正確には区画だけはきちんと整備されているが、肝心の墓石がなかった。

『――礼子、俺の墓のことは心配いらんぞ』

いつだったか、父が突然言い出したことがあった。

『なにそれ、縁起でもないこと言わないでよ』

『いやいや、ちゃんと考えてるんだ。お前に余計な負担はかけん。もう墓は用意してある』

『何言ってるの。まだまだ先の話でしょ』

『立派だぞ。楽しみにしておけよ』

あのときは、「なんて不謹慎なことを言い出すんだ」と思って話半分に聞いていたが、今になって考えてみると、その意味が分かる。

たしかに父は墓を用意している。えらく立派な、だだっ広い区画だけを用意している。

「ええと……本当にここが?」

にわかには状況が呑み込めない礼子は持ってきた書類をもう一度見直した。父が生前購入していたという墓地の場所と、今礼子たちが立っている場所は確かに一致している。

「ちょっと……広くないか?」

隣で亮平が目を丸くしていた。もちろん礼子も同じ感想だ。

「いやいや、お墓って、普通こう……もっとこぢんまりとした感じじゃない?」

「うん、そうだよな。せいぜい一畳分とか、そんなもんだろ?」

ところが、目の前の敷地はどう見ても十畳以上ある。まるでそれなりに広い家の庭みたいだ。父は一体何を考えてこんなに広い墓地を買ったのだろう。

「住職さん、ここ、本当に父が買ったんですか?」

礼子が念のために尋ねると、住職は静かに頷く。

「はい、間違いありません。この墓地ができた当初に購入されたようです。当時はまあ、土地代も安かったですから。ただまあ、これは……なかなか珍しい広さですねぇ……」

「珍しいってレベルじゃないですよね、これ!」

礼子は思わず頭を抱えた。墓は用意したと言っていたから、てっきり墓石まで用意されているものと思っていた。だが父が用意していたのは区画だけ。しかもこんな広大なものとは露ほども予想していなかった。

「お父さん、昔からちょっとズレてるところあったけど、これはさすがに予想外……」

「でもさ、これって、なんか……」 

亮平が何か言いかけて、しばらく考え込む。そして、おもむろに言った。

「……偉人の墓みたいだな」

礼子は改めて周囲を見渡してみる。確かに、礼子たちが立っているこの広大な区画は、まるで歴史上の偉人が眠っていそうな規模感だ。ここに石碑のように巨大な墓があれば、それなりに様になったのかもしれない。

「『俺も一族の長として立派な墓を建てるぞ!』みたいな感じだったのかな?」

「いやいや、うちの家系、そんな格式高くないから!」

礼子たちは思わず顔を見合わせ、半笑いになった。

「……でも、これ、どうする?」

笑ったのも束の間、礼子は現実に引き戻された。

墓石がない、ということは、建てなければならない。とはいえ、この広さに見合う墓となると金額も相当なものになるだろう。

礼子は墓地の広大な敷地を眺めながら、父の思わぬ置き土産に呆れ果てたのだった。

●まずは墓石を建てる目途をつけなければ話は始まらない。だが、住職に聞いてみると、墓石を建てるためには途方もないお金が必要なことがわかり……。後編:【“破天荒な父”が遺した墓石を建てるのに1200万円必要な広すぎる墓地 頭を悩ます遺族を救った父からの最後の贈り物】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。