約50年続いた我慢の日々

すず子さんは子育てに追われながらもパートで働き、パートから帰ってくると家事もこなしていましたが、勝郎さんがお風呂に入りたい時間にお湯が沸いていないと「風呂も沸かせないのか!」と怒鳴られたり、献立が気に食わないと「そんな料理は食べられない」とすず子さんの料理を食べず自分で料理をして食べたり、とにかく勝郎さんの思い通りに物事が進まないと怒鳴られる毎日でした。少しでも反論しようものなら、さらに大声で怒鳴られるため、日々穏便に暮らしたいすず子さんは常に夫の機嫌を損なわないよう気を使って生きてきました。

こんな生活が約50年続きました。しかし、ある日勝郎さんに異変が起きました。くも膜下出血で、救急車で運ばれたのです。幸い一命は取りとめましたが、その後約1年リハビリ生活が続きました。その間、すず子さんは勝郎さんのリハビリを支え、どうにか会話はできるようになったものの、元通りの生活には戻れませんでした。

病気で一気に体力が落ち、老いた勝郎さんは弱々しい声で「すず子、いろいろとありがとう。おれは、もう長くないかもしれない。でも延命治療はしないでくれ。時が来たらそのまま死なせてくれ」とすず子さんにお願いしたそうです。一方で、医師からは「このままだとあと数カ月です、延命するなら胃ろうという方法がありますが、どうしますか?」と言われていました。勝郎さんの願いを聞くなら、延命治療はしない選択をすべきです。しかし、今までさんざんモラハラを受けてきたすず子さんです。そんな夫の願いを聞くはずはありません。

すず子さんは迷わず「胃ろう、お願いします」と医師に延命治療を依頼しました。もちろん、すず子さんは勝郎さんに生きていてほしいなんて1ミリも思っていません。では、なぜ延命を選んだのか、それは、勝郎さんの年金です。勝郎さんが亡くなると勝郎さんの年金がなくなるため、年金欲しさに胃ろうで夫を生かす選択をしたのです。

●確かに勝郎さんが亡くなると勝郎さんの年金は受け取れなくなりますが、果たしてすず子さんの選択は正しいのでしょうか? 後編【老齢年金をもらう方が“トク”だと信じる妻…自らの意志とは関係なく延命治療で生かされ続ける「夫の無念」】で詳説します。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。