――日銀のマイナス金利解除、日経平均株価の史上最高値更新など、日本株市場は激動の年を迎えました。この状況を、どのようにご覧になっていますか。
株式市場とは経済の鏡であり、その国の鏡です。日本株の好調なパフォーマンスは、日本における企業と雇用の流動性の高まりを映し出しています。バブル崩壊後の1990年代には、企業の廃業に対する過剰な恐怖心が蔓延していましたが、近年では、経済の成長には新陳代謝が必要不可欠であるという認識が広まってきました。MBOや企業の統廃合が相次ぎ、経済全体の代謝が進んでいると考えています。
雇用の観点からしても、春闘における大幅賃上げや、中途採用の勢いが新卒採用を上回っている歴史的な状況は、企業がより大きな価値を創出しようとしている動きとして注目に値します。生成AIや大規模言語モデルの開発において他の先進国に後れを取っていることは、外国人投資家から見れば大きな問題ではありません。誰でもアクセスできるオープンなテクノロジーが拡大する状況下では、それを活用する能力のある人材の厚みこそが企業の成長を支えるのです。
――足元では株価の調整も見られますが、今後をどのように見通していますか。
上方修正か下方修正かという点については、どれだけ多くの企業がM&AやMBOに踏み切るかがカギとなるため、おそらく9月決算までが大きな分岐点になるでしょう。現時点の決算発表を踏まえれば、今の調整は「ヘルシー」であり、個人的には上方修正になるのではないかと見ています。日本企業には損益分岐点が低い傾向があり、銀行を含め業績の回復ペースが目立った昨年度を起点として、基本的には日本企業における業績の正常化が継続することになるでしょう。
――日本株上昇の持続性を、どのように見積もっていますか。
日本株市場においては、単なる瞬間的な追い風などではなく、資本コストを超える成長に向けた構造的・本格的な変化が生じつつあると見ています。
最大のきっかけは、PBRの数値目標や上場条件の厳格化を打ち出した昨年3月の東京証券取引所による改革要請です。とりわけ興味深いのは、この動きが一種の国家戦略でありながらも中央官庁による命令ではなく、あくまで自らも上場している取引所という民間企業の主導で生み出されている点です。これは、いわば企業統治のイノベーションであり、権威主義的国家で見られる統制経済とは対照的な事象といえるでしょう。
人口減少も、エコノミストの立場からすればさほどネガティブな材料ではありません。出生率の低下が慢性化しているにもかかわらず、2021年の東京五輪で多くの日本人の若者が表彰台に上ったことが象徴するように、大切なのは人材の量ではなく質です。
イノベーションもまた単に技術の問題ではなく、マネジメント、モチベーション、責任の問題です。プロセスこそが重要であり、何もかもが充足している環境では何かを生み出すことはかえって難しいものです。人手不足という課題を抱える状況こそが、「ポスト昭和」の技術や価値観を新たに作り出す原動力となるでしょう。
――日銀の政策運営も今年、大きな節目を迎えました。
バブル崩壊後の30年間、日本金融当局のマクロ政策は常に「ストップ・アンド・ゴー」の繰り返しでした。危機が生じては対策を講じ、また再び危機を迎えるといった具合です。しかし、足元の円安が良い円安か悪い円安かという議論は別にしても、現在の日本銀行の政策運営は安定的であり、唐突に極端な行動に出ることはないだろうという信頼感が広がっています。その結果として、30年以上も世界最大の債権国という特殊な立ち位置にあった、この豊かな国への注目度が高まっているのです。