日本が抱える地政学上のリスクとチャンス

もちろん軍事的なアセスメント、つまりどのくらいの規模の戦いになるのか、日本が直接戦争に関わることになるのかといった点は、軍事アナリストなど、その方面の専門家が行うべきことだ。私としては、経済の専門家の立場から、日本の経済面に及ぶ影響を分析してみたい。

最大の問題は、この日本に物凄いインフレが襲ってくるリスクが想定されることだろう。

台湾有事が起こったとしても、日本と米国との関係は基本的にこれまでと変わらないはずなので、日本が完全に経済的な孤立に追い込まれるようなことにはならない。日本と米国のルートは開かれている。

しかし、問題は中国との貿易関係がほぼ絶望的になることだ。2022年時点で、日中貿易の額は、日本から中国への輸出額が1848億3070万2000ドルであり、中国から日本への輸入額が1887億672万5000ドルだ。

ちなみに日本が中国から輸入しているものを構成比別に見ると、次のようになる。

機械及び輸送用機器  48.6%
雑製品        22.7%
原料別製品      12.3%
化学工業品      9.0%
食料品及び生きた動物 4.4%
その他        2.9%

これらに加え、日本は中東からの原油輸入に大きく依存していることも、忘れてはいけない。中東産原油はマラッカ海峡を通過して日本に入ってくる。南シナ海での有事が重なったら、恐らく中東産原油が日本に入ってこなくなるか、入ってくるとしても相当、難航するはずだ。結果、当然のことながら輸入に際してかかるコストが増大するため、石油やガソリン、灯油などの値段が大幅に跳ね上がってしまうだろう。

したがって国家安全保障の観点からすると、日本をいかにして自給自足できる国にしていけばいいのか、真剣に考えなければならない時期に来ている。

国家安全保障というと、すぐに戦闘機や戦車、その他の武器関係にばかり目が行ってしまいがちだが、そうではない。武器はあくまでも狭義の防衛関連だ。私が言いたいのは、もっと広義の防衛関連である。

その観点でいえば、食料関連の企業は立派な防衛関連企業だ。食料安全保障という言葉もあるくらいだ。その他、サイバーセキュリティも防衛関連企業に入ってくる。南シナ海や台湾海峡で有事が起こるという最悪のシナリオを想定すれば、日本は広義の防衛関連をしっかり整備する必要がある。

ちなみに先日、米国のGoogleが、アジア太平洋地域では初めて、東京にサイバー防衛拠点を設けるという報道がなされた。中国や北朝鮮などから、官公庁や企業などに対する不正アクセスの懸念が高まっているからで、Googleとしては日本をハブにして、アジア太平洋地域全体のサイバー防衛力を底上げすることを狙っている。

いきなり暗い話で恐縮だが、もちろんポジティブな見方もある。それは軍事衝突に至らず、あくまでも新冷戦状態が続くことだ。

米中の関係が緊張状態のままであれば、日本にはチャンスが巡ってくる。中国から逃げてくるお金が日本に流れ込んでくるし、米国からも入ってくる。東アジア地域における米国の覇権を維持するために、その最前線にある日本を強くしようとするからだ。それは、米国から日本への、さまざまな形での経済支援が今後期待できることを意味する。

●第2回は【米中新冷戦で海外の優秀な人材が日本に集まる…? それによって日本にもたらされるものは何か】です(8月1日に配信予定)。

エブリシング・バブル終わりと始まり 地政学とマネーの未来2024-2025

 

著者 エミン・ユルマズ

発行所 プレジデント社

定価 1,870円(税込)