サプライズだった日銀総裁人事
今後の世界経済にとって重要なポイントは欧米のインフレ動向、ウクライナ戦争の行方、「フルコロナ」に方針転換した中国経済の見通しといろいろあります。しかし内外の債券プレイヤーの多くがこのところ注目してきたのは、4月8日に任期満了を迎える日本銀行の黒田東彦総裁の後任人事でした。
そして岸田総理が切った人事カードは、ほとんど誰も予想できなかった「学者出身総裁」というものでした。
政府は2月14日、共立女子大教授(東大名誉教授)の経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏(71)を次の日銀総裁に起用する人事案を国会に提示しました。与野党の質疑を受け、3月中に承認される見通しです。
私は1990年代に2回、朝日新聞経済部記者として日銀を担当していました。その経験からも、日銀総裁は戦後、三菱銀行(当時)出身の宇佐美洵(まこと)氏を除けば日銀と大蔵省(現・財務省)出身者の「たすき掛け」でしたので、大方の観測通り日銀プロパーの雨宮正佳副総裁(67)が、大蔵省出身の黒田総裁の後を襲うとばかり思っていました。
しかし結果的に、世界的な経済学者が総裁で、財務省と日銀出身の逸材が副総裁で支えるという今回の人事案は、柔軟でバランスの取れた仕上がりになったと思います。
異次元緩和という「禁じ手」で生じた呪縛をどう解くか
2013年に就任した黒田総裁が主導した「異次元の金融緩和」はデフレ脱却には一定の成果はあったものの、市場機能の低下や財政規律の緩みという副作用が目立ちます。長短金利の利回り曲線、いわゆるイールドカーブをコントロールするという世界でも類例のない「禁じ手」を続けています。このことでカーブに歪みが生じ、金利を抑え込むために国債を大量に買い集める。2010年に8%程度だった日銀の国際保有比率は現在、50%を超えてしまいました。
こういった「荒技」はいつまでも続けられるわけがない。そう判断して海外のヘッジファンドや大口の債券投資家が、日本国債の「売り」ポジションをとっています。
海外からの反応も早速出てきました。日経新聞によると、世界最大の運用会社である米国のブラックロックは2月13日、日本株の投資判断を「中立」から「アンダーウエイト」(弱気)に引き下げました。
ブラックロックは「日銀の政策転換は近い」と判断。そうすると、日本国債の利回りが上昇→日本の投資家が日本国債に回帰→外国債券の保有を減らす→先進国の債券利回りが上昇→投資家心理が冷えて日本株にとってマイナス、というシナリオだそうです。
日銀という「ベスト・アンド・ブライテスト」ともいえる集団が、たった1人のリーダーシップで「禁じ手」「荒技」を続けてしまった理不尽さ。そのことが異形の金融政策を継続させ、日本の財政や経済全体に悪影響を及ぼし続けている。私はそう考えます。
その「呪縛」を、新体制となる日銀がいつ、どのように解きほどくのか。ほどけるのか。世界の債券プレイヤーたちが今、固唾をのんで見守っています。