EやSの対話テーマはマネジャーのスキルが一層問われる
もっとも、この図ではファンダメンタルズとESGの各要素が均等配分になっているが、「実際、企業との対話のテーマは事業戦略に絡むファンダメンタルズ要因がもっとも多く、次いで資本政策などのガバナンス要因が多くを占めている」(若槻氏)という。冒頭に紹介したGPIFのアンケートからもその結果は顕著だ。対話を実施したと回答した企業に対し、そのテーマを聞いたところ、経営・事業戦略が63.9%で最も多かった半面、ESGテーマは少数派で、最も高かったガバナンスでも28.3%、環境や社会に至っては1割未満という結果だった(図2)。
図2 エンゲージメントのテーマ
ESGの中でも成果が出るまでに年月がかかったり、比較的テーマが新しく論点が明確化されにくかったりする環境や社会といった分野は、エンゲージメントのメインストリームになっているとは言えない状況のようだ。
一方で、GPIFのアンケートでは、コロナ禍を受けて機関投資家との対話の内容やテーマに変化があったかについても聞いており、78.1%の企業が、「変化があった」と回答している。もちろんコロナ禍を受けた事業戦略そのものへの質問や提案も多く含まれるだろうが、フリーコメントの中にも「ESGのSの側面に重点を置いた質問が増加」といった記述もみられる。世界的にカーボンニュートラルへの対応が求められていたり、コロナ禍によって従業員の安心安全やサプライチェーンのサステナビリティが事業リスクに直結するテーマに浮上したりしていることを踏まえると、環境や社会といったテーマの対話が今後増えていくことも大いに予想できそうだ。
「従来、CSR的な社会貢献と、株主価値の最大化を目指した企業価値向上は相容れない領域でしたが、ESG投資の普及にともなって両者が両立・融合するようになってきました。とはいえ、足もとでは各企業が社会貢献と企業価値向上の“紐づけ”を模索している状況でしょう。産業や個別企業ごとに取り巻く状況や解決すべき課題はさまざまですが、優秀なファンドマネジャーはそこに着目してリサーチしたりエンゲージメントを行ったりしています」と若槻氏は語っている。
そうした取り組みが広がることで、ひいては「ESGはリターンにつながるのか?」といった長年の論争にも決着がつくかもしれない。
「株価形成を“株価=EPS(企業活動の結果)×PER(投資家の関心度)”と表現すると、ESGが企業活動と投資家の関心に与える影響がESGファクターの有効性にとって重要になります。すでにESGに対する投資家の関心は十分に高まっている状況ですから、ESGの要素が効果的に組み込まれた企業活動が行われれば、その結果としてESGが株価に影響を与える可能性は十分にあると思われます」(若槻氏)。もっとも、企業活動におけるESGへの関心は以前よりも高まっているとはいえ、実際にESGが企業価値の向上につながっている事例は依然限定的であり、エンゲージメントがより活発に行われることに期待がかかる。
もちろん、エンゲージメントがさらに活発化していくこと自体は歓迎すべきだが、物理的な限界もあるだろう。GPIFのアンケートでは対話に値するファンド・値しないファンドがあるか否かも聞いており、「対話を実施した」と答えた企業のうち30.7%がその有無についても回答している。それぞれの内訳や理由も興味深い(図3)。
図3 対話に値するファンド・値しないファンドの有無
「多忙な経営者にとって、なるべくメリットの大きいマネジャーとの対話に臨みたいと考えるのは当然でしょう。ファンドの残高や株式の保有比率など数のプレッシャーよりも、提案の中身自体が問われているとも言えるのではないでしょうか」(若槻氏)。
企業との「対話力」も運用スキルの一部といっても過言ではなくなりつつある中、運用戦略の採用やモニタリングを行う時には、質・量の両面でどんなエンゲージメントを行っているかを確認することも、優秀なマネジャーか否かの評価軸の1つではないだろうか。