金融庁企業開示課に在籍する30代裁判官を対象に強制調査を実施した今回の事案。男性はTOB関連の書類を審査し、職務で得た未公開情報を基に株式を売買した疑いがあると報じられています。
報道後、加藤勝信・金融担当大臣は記者会見で「金融市場の信頼を確保すべき立場であるにも関わらず、このような調査を受けるに至ったことはあってはならないことであり、大変遺憾」と話しています。
もちろんインサイダー取引は金融商品取引法によって、どのような立場、身分の人間であろうと厳格なルールに従うよう求められています。しかし、それ以前に、そもそも金融庁職員という立場で株を取引すること自体、アリなのでしょうか。
まず、金融庁を含む中央省庁の国家公務員全体についていえば、株取引が厳しく禁止されているわけではありません。
国家公務員法で官僚は「国民全体の奉仕者」として、公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行にあたって「全力を挙げてこれに専念しなければならない」とされています。そのうえで、報酬の有無を問わず民間企業との兼業を禁止するなどルールが定められています。
ただ、一般職の国家公務員の場合、単に資産運用を目的として株を売買することはこの兼業規制における「兼業」に該当しない、という整理になっています(本省審議官級以上になると、株取引の報告が必要になります)。
そのうえで、金融庁は一般的な倫理規定に加えて、金融庁職員を対象に、インサイダー取引に関する独自の内規でルールを上乗せしています。
この内規では金融庁の職員に対し、株式の信用取引と、6カ月以内の短期売買は原則禁じています。やむをえず信用取引や短期売買を行う場合や、同庁が所管する法人の株式を売買する必要がある場合には、事前報告や事前報告が求められます(iDeCoや、NISA積立枠利用は報告不要)。また、証券取引等監視委員会など職務上、企業の非公開情報に触れる機会が多い部局は、さらに上乗せした規制が設けられています。
今回の事案では、調査を受けた男性が金融庁や所属部局の内規に従っていたかどうかについても、監視委として詳しく調べることになる見通しです。
金融庁内からは「民間金融機関から来た人は、金融庁のチェックの緩さに驚く声がある」(関係者)という声も聞こえます。金融機関によっては、職員が私的な取引に利用する証券口座をあらかじめ限定し、取引内容をコンプラ部門が逐一チェックする体制を取っているところもあります。
金融庁では、先ほど触れたような最低限のルールについて研修を通じて周知しているものの、職員らの実際の取引内容をチェックする仕組みはありません。事前・事後報告を含めてルールを守っているかどうかは、基本的に職員の性善説に委ねられています。
加藤大臣は先の会見で「再発防止策を徹底する」とも発言していました。とはいえ事案の背後には、金融業界と庁内との待遇差によって人材不足が慢性化し、公的機関や民間企業からの出向に依存せざるをえないという構造的な問題もあります。
火消しを急ぐあまり過剰な再発防止策を打ち上げれば職員らの反発を招き、優秀な人材の流出に拍車をかけることになりかねず、具体策の取りまとめにあたっては難しい舵取りが求められそうです。