今から1年ほど前、私は大前研一氏を学長とするビジネス・ブレークスルー大学(BBT University)の学位授与式(卒業式)の場で、大前氏の話を直に聴くことができました。大前学長は80歳代とおっしゃっていましたが、大きな声が良く通り、いわゆる「オーラ」を感じました。
その大前氏が卒業生に送ることばは、突きつめると「構想力」を期待する内容でした。曰く「明治維新以降、日本は欧米に『追いつけ追い越せ』で答えのある世界に答えを前提で突き進んできた。その結果、30年前に世界の時価総額トップ10企業で本邦企業が8社を占めていたが、今では世界トップ企業を20社に広げても、本邦企業は1社も入っていない。つまり、『構想力』を失ってしまったのではないか。」と。「0から1を生むのはコンピュータではない。コンピュータは0.5を0.51…にする。しかし、0から1を生むのは人間だ。」と。
大前氏は、アルビン・トフラーが提唱した「第三の波」を経て、「第四の波」がやってくると断言されています。「人類社会は、第一の波(農業革命による農業社会)、第二の波(産業革命による工業社会)、第三の波(情報革命によるIT社会)を経て、シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点)に到達することで、IT社会から、AIをベースとしたサイバー社会に、世の中の構造が転換する。」とおっしゃっていました。
さらに、IT社会とサイバー社会の相違点として、「IT社会では単純作業がツールに置き換わっただけであったが、サイバー社会では、単純作業ではない様々な仕事がAIに取って代わられる。」と説きました。例えば、完全無人運転実現の先に、自動運転によりドライバーや配達員が不要になるとか、運転免許がなくなり教習所が不要になるとか、スピード違反がなくなり、交通警察が不要になるなどと予想しています。
加えて、特筆すべき事項として、弁護士や医師、教師といった「プロフェッショナル」と呼ばれる仕事こそが失われる脅威にさらされると指摘しています。教師を例に出し、「指導要領通りに教えるような授業では、各教科に教え方がうまい先生が一人いればいい。一度授業をしたものを録画して流せばよく、他の先生は補講や進路指導、心理相談の役割を担うことになるでしょう。」とおっしゃっていました。
そこで、大前氏は「『答えのある仕事』のほとんどがAIに取って代わられる第四の波の時代を生き抜いていくために『構想力』が求められる。」と言い切られていました。「コンピュータは記憶には強いが、0から1を生み出すことには弱い。」と強調するなか、「構想力」を活かし、AIにも取って代わられない仕事の例として、事業を生み出す起業家、作品を生む出すアーティスト、クリエイターなどを挙げています。
私が意外に思ったのは、大前氏がシンギュラリティ後に生き残る仕事として、人間らしい「ホスピタリティ」が求められる領域の仕事を挙げられていたことです。具体的には、介護士、保育士やカウンセラー等でした。
今から26年前、我が国の銀行等金融機関で投資信託の窓口販売が解禁になりましたが、私は投信窓販ビジネスの創成期から、このビジネスはホスピタリティビジネスではないだろうかと問いかけ続けてきました。ホスピタリティの精神は自分がしてほしかったと思うことをすることではないだろうか。だとすれば、自分がお客さまだったら…これが基本ではないだろうか。これが私の考えでした。
大前氏はシンギュラリティ後に生き残る仕事、構想力を活かした仕事やAIが苦手な仕事の具体例を挙げられていましたが、残念ながら「資産運用アドバイザー」や「プライベート・バンカー」は見当たりませんでした。私は「資産運用アドバイザー」や「プライベート・バンカー」こそ、人間らしい「ホスピタリティ」が求められる領域の仕事であると強く思います。