finasee Pro(フィナシープロ)
新規登録
ログイン
新着 人気 特集・連載 リテール&ウェルス 有価証券運用 金融機関経営 ビジネス動画 サーベイレポート
いまだ見えざるリスクの芽 与信管理の“バタフライ・エフェクト”を予測する

第10回 実質賃金マイナス26カ月連続 個人消費の不振がきついセクターは?

佐々木 城夛
佐々木 城夛
オペレーショナルデザイン株式会社 取締役デザイナー
2024.07.18
会員限定
第10回 実質賃金マイナス26カ月連続 個人消費の不振がきついセクターは?

賃上げしても物価高騰に追いつかない

7月8日に厚生労働省から公表された5月分の毎月勤労統計調査(速報)では、2020年基準での現金給与総額指数と、それを消費者物価指数で除した数値である実質賃金が改めて注目された。結果は、2022年4月から始まった前年同月比マイナスがさらに継続して26か月連続となり、過去最長であった期間が一層伸びたことが大きく報じられた。

マイナスが始まった2022年4月からの内訳を参照すると、2022年中の消費者物価指数は全て105を下回っている[図表1]。その一方で、2023年は2月を除いて全て105以上となり、10月以降は108を超えてそのまま2024年に突入し、今回発表された5月まで108超を維持し続けている。

 
 
 

図表1では105未満を緑、105以上108未満を黄、108以上を赤で着色した。これらの色を見ただけでも、実質賃金が前年同月を下回った“犯人”は、急激な物価の高騰なことが明白だ。しかも、上昇傾向もほぼ一直線な右肩上がりだ。

つまるところ、賃上げ水準が物価上昇に追いついていない状況に他ならない。現在の“円安不況”の下で、中小企業・小規模事業者などに勤務する労働者の賃上げが物価上昇の追いつくには、相当の時間を要すると見込まざるを得ない。

実質賃金は「労働者が給与で購入できる物品やサービスの量」を示す。前年比マイナスが2年以上も続けば、経費回復の鍵を握る個人消費に与えるマイナスの影響も甚大な水準に達しよう。

労働者=消費者が真っ先に削る支出とは

財布に余裕がなくなった労働者は、可処分所得の減少割合に応じて、等しく全分野の消費を圧縮するわけではない。「昼食代が嵩(かさ)むようになったので弁当を持参して節約しよう」「車を諦めて代わりにパソコンを買おう」など、むしろ選別や偏在が進むことになろう。

このため、「どの分野に費用を投じたか/どの分野への費用を絞ったか」の概要を捉えるべく、主要会計指標のうち二人以上の世帯の支出状況について、品目分類別の動向に着目した。

総務省の「家計調査報告」は家計を10品目に分けている。すなわち①食料②住居③光熱・水道④家具・家事用品⑤被服および履物⑥保険医療⑦交通・通信⑧教育⑨教養娯楽⑩その他――である。

実質賃金の前年比マイナスが始まった2022年4月から、これら10品目の対前年同月実質増減率を追いかけ、グラフ化して各々に線形近似曲線を引いた。その結果、②住居と⑨教養娯楽の2品目に、特に傾斜のきつい右肩下がりが認められた。つまるところ、労働者側は、住居や教養娯楽への支出を抑えたことに他ならない。

次に、これら2品目の内訳に注目した。各品目にはそれぞれに用途分類に沿った金額が表示されているため、内訳としてどこにどれだけの費用が投じられたのかが把握可能だ。最初に、住居の用途分類の推移に着目したい[図表2]。

 

住居の用途分類は3費目であり、各々に線形近似曲線を引いたところ、最も傾斜のきつい右肩下がりとなった費目は「工事その他のサービス」となった。つまるところ、労働者側は前年を下回る実質賃金の状況が続く中、住居に関係する工事を控える選択を行ったことに他ならない。

住居に関係する工事と聞いて、真っ先に連想するのはリフォームなど内装工事であろう。インターネット上で「リフォーム 倒産」と入力し検索したところ、昨年12月の「昨年1月から10月までの倒産が統計を開始した2002年以降で最多の82件に達し過去最悪」の記事などが表示された。5月4日には、「とび工事業の倒産が最多」の記事も配信されている。

図表2の潮流が変化するには時間を要すると見込むため、今後も、住宅工事関係セクターへの逆風は続くだろう。有り体に言えば、倒産などの事象が止まる状況は当面見込めない一方、これらは住宅ローンやリフォームローンなどの振込先になる事業者でもあるため、信用調査を必要十分に行うことに留意されたい。

 

次いで、教養娯楽の用途分類の推移に着目したい[図表5]。教養娯楽の用途分類は6費目であり、各々に線形近似曲線を引いたところ、最も傾斜のきつい右肩下がりとなった費目は「宿泊料」となった。つまるところ、労働者側は、宿泊料の支払いを絞り込んでいったことに他ならない。

 

 

インバウンドが栄え、泊りの出張がなくなる

しかしながら、円安による訪日外国人観光客増のほか、「リモートからリアルへ」の動きの中で、国内旅行者にも増加傾向が認められる。念のため、実質賃金が前年比マイナスに転じた2022年4月からの推移を観光庁のデータから参照したが、爆発的回復は一段落していたものの、参照期間中の数値は全てプラスであった[図表4]。同庁職員にもインタビュー行ったが、宿泊施設への追い風が続く中、宿泊料金にも上昇傾向が認められるという認識であった。

 

 

それにも関わらず、労働者側の支出が減少している傾向の背景に、宿泊に占める商用(business trip)比率の高まりや、相対的に少数のリピーターだけが宿泊を繰り返す実情を見込む。上昇した料金を甘受できる層や、軽くなった財布から宿泊費を優先支出する少数の層だけが宿泊し続け、それ以外の層は日帰りとしたり、旅行そのものを取り止めたりする構図だ。

そうした構図の影響を受けるのは、まずもって旅行関係セクターとなろう。4月1日現在で、海外向けを含む企画旅行の企画・実施等に対応できる第1種から第3種までの旅行業者は8,845業者、国内の区域内のみ取り扱える地域限定旅行業者も687業者がある。47で除した単純計算でも1都道府県当り202.8事業者があり、さらに、旅行代理業者が492事業者、旅行サービス手配業者も2,617社がある。リテール窓口などの縮小傾向が続いているため、日常的意識する機会は減少したが、今もって相当数の事業者が残っている。

利用者に占めるリピーター比率が高まれば、結果として利用する旅行会社やサイトにも偏在がもたらされよう。かねてより手数料率の低さが業界全体の経営課題となっていた中、利用先の選別が進めば、これだけの数の事業者がそのまま無風で過ごせるとは思えない。円安が進み、海外旅行を夢物語と捉える消費者が増えれば市場規模が縮小し、相対的に高価な海外旅行代金から得られる手数料を失うことにもなる。1ドル=160円台まで進んだ円安は、そうした逆風をもたらすことになろう。

 

よって、現在のトレンドが継続する中では、住宅工事関係セクターと旅行関係セクターに注視の必要があろう。

賃上げしても物価高騰に追いつかない

7月8日に厚生労働省から公表された5月分の毎月勤労統計調査(速報)では、2020年基準での現金給与総額指数と、それを消費者物価指数で除した数値である実質賃金が改めて注目された。結果は、2022年4月から始まった前年同月比マイナスがさらに継続して26か月連続となり、過去最長であった期間が一層伸びたことが大きく報じられた。

続きを読むには…
この記事は会員限定です
会員登録がお済みの方ログイン
ご登録いただくと、オリジナルコンテンツを無料でご覧いただけます。
投資信託販売会社様(無料)はこちら
上記以外の企業様(有料)はこちら
※会員登録は、金融業界(銀行、証券、信金、IFA法人、保険代理店)にお勤めの方を対象にしております。
法人会員とは別に、個人で登録する読者モニター会員を募集しています。 読者モニター会員の登録はこちら
※投資信託の販売に携わる会社にお勤めの方に限定しております。
モニター会員は、投資信託の販売に携わる企業にお勤めで、以下にご協力いただける方を対象としております。
・モニター向けアンケートへの回答
・運用会社ブランドインテグレーション評価調査の回答
・その他各種アンケートへの回答協力
1

関連キーワード

  • #ニュース解説
  • #地域金融機関
前の記事
新紙幣の特需で潤う自治体・セクターはどこか
「渋沢栄一」テーマ型投信も?
2024.06.28
次の記事
第11回 アルコール離れはどのセクターにどんな影響を与えるか
2024.10.04

この連載の記事一覧

いまだ見えざるリスクの芽 与信管理の“バタフライ・エフェクト”を予測する

佐々木城夛の「バタフライ・エフェクト」
第16回 米価高騰の実態は? 飲食・製造・不動産…多セクターに広がる負担

2025.09.18

佐々木城夛の「バタフライ・エフェクト」
第15回 住宅ローン金利の上昇はどのセクターにどんな効果を及ぼすか

2025.07.30

佐々木城夛の「バタフライ・エフェクト」
第14回 異動退職者の増加はどのセクターにどんな効果を与えるか

2025.05.28

第13回 木材利用を促す建築基準法改正は、どのセクターにどんな効果を与えるか

2025.03.27

第12回 記録的豪雨のマイナス効果はどこまで広がるか

2024.12.03

第11回 アルコール離れはどのセクターにどんな影響を与えるか

2024.10.04

第10回 実質賃金マイナス26カ月連続 個人消費の不振がきついセクターは?

2024.07.18

新紙幣の特需で潤う自治体・セクターはどこか
「渋沢栄一」テーマ型投信も?

2024.06.28

第8回 金融庁がマネー・ローンダリング対策を厳格化 製造業・中古車輸出業の調査負担がきつくなる?

2024.05.02

第7回 建設の2024年問題の影響にはかなりの地域差がある

2024.02.27

おすすめの記事

1000億円規模で新規設定された「野村日本バリュー厳選投資」、新規設定金額は2カ月連続大幅増 =25年10月新規設定ファンド

finasee Pro 編集部

三菱UFJ銀行の売れ筋トップに「日経225」、圧倒的なパフォーマンスのアクティブファンドは?

finasee Pro 編集部

【連載】こたえてください森脇さん
⑫元本保証でない商品の販売を嫌がる職員への働きかけ

森脇 ゆき

【プロが解説】光電融合技術「シリコンフォトニクス」が変える未来ー2026年、光の時代が始まる

末山 仁

三井住友銀行の売れ筋でランクアップしたファンドは? ランクインした「ライフ・ジャーニー」は期待以上のリターン

finasee Pro 編集部

著者情報

佐々木 城夛
ささき じょうた
オペレーショナルデザイン株式会社 取締役デザイナー
1967年東京生まれ。1990年慶應義塾大学法学部法律学科卒、信金中央金庫入庫。欧州系証券会社(在英国)Associate Director、信用金庫部上席審議役兼コンサルティング室 長、静岡支店長、地域・中小企業研究所主席研究員等を経て2021年4月に独立。2023年6 月より現職。沼津信用金庫非常勤参与。 「ダイヤモンド・オンライン(ダイヤモンド社)」・「金融財政ビジネス(時事通信社)」ほか連載多数。著書に「いちばんやさしい金融リスク管理(近代セールス社)」ほか。HP アドレスは https://jota-sasaki.jimdosite.com/
続きを読む
この著者の記事一覧はこちら

アクセスランキング

24時間
週間
月間
1000億円規模で新規設定された「野村日本バリュー厳選投資」、新規設定金額は2カ月連続大幅増 =25年10月新規設定ファンド
【連載】こたえてください森脇さん
⑫元本保証でない商品の販売を嫌がる職員への働きかけ
【連載】こたえてください森脇さん
⑪預かり資産業務に対するマネジメント層の理解が低い
三菱UFJ銀行の売れ筋トップに「日経225」、圧倒的なパフォーマンスのアクティブファンドは?
マン・グループの洞察シリーズ⑫
金に投資する意味とは何か
信頼たる資産運用アドバイザーには理由(わけ)がある “進化”した米国の資産運用ビジネスから日本が学ぶべき点は何か? 【米国RIAの真実】
三井住友銀行の売れ筋でランクアップしたファンドは? ランクインした「ライフ・ジャーニー」は期待以上のリターン
金融緩和、インフレ、インバウンドで日本の近代美術作品に熱視線?――アート市場の最新動向を銀座画廊界キーパーソンに聞いた
高水準の資金流入と株高で純資産残高が約8兆円の大幅増、流入4位に日本株バリュー。高パフォーマンスは「半導体」=25年10月投信概況
⑩自社株評価の考え方③(税法)【動画つき】
いわき信組処分の余波……金融庁は刑事告訴を検討も、地域金融機関を救う「資本参加制度の延長論」に落とす影
三井住友銀行の売れ筋でランクアップしたファンドは? ランクインした「ライフ・ジャーニー」は期待以上のリターン
金融緩和、インフレ、インバウンドで日本の近代美術作品に熱視線?――アート市場の最新動向を銀座画廊界キーパーソンに聞いた
【連載】こたえてください森脇さん
⑫元本保証でない商品の販売を嫌がる職員への働きかけ
マン・グループの洞察シリーズ⑫
金に投資する意味とは何か
高水準の資金流入と株高で純資産残高が約8兆円の大幅増、流入4位に日本株バリュー。高パフォーマンスは「半導体」=25年10月投信概況
みずほ銀行の売れ筋は単位型ファンドの一巡で定番ファンドが復調、意外と高リスクのファンドが人気化
【連載】こたえてください森脇さん
⑪預かり資産業務に対するマネジメント層の理解が低い
SMBC日興証券の売れ筋に投信市場の主役交代の予感、「電力」と「ブロックチェーン」は「M7」の次を担えるか?
大和証券の売れ筋で光る“超新星”、「ピクテ・ゴールド」をパフォーマンスで上回る株式ファンドとは?
投資信託の「運用損益」プラス顧客率ランキング 
銀行、証券会社以外の選択肢とは?【IFA編】
【ネット証券&対面証券72社編】投資信託の「運用損益」プラス顧客率ランキング
片山さつき新大臣は「資産運用立国」基本線を継承へ!一方、岸田元首相が運用業界につきつけた「注文」とは…
「動画を上げるぞ」「マスコミに流すぞ」に毅然と対応できる?――日証協の新カスハラ対策マニュアルの中身とは
【連載】こたえてください森脇さん
⑩役席者には収益目標、現場には残高目標。両方を達成するには?
【新連載】プロダクトガバナンス実践ガイド~製販情報連携の背景と事例
①プロダクトガバナンスが注目される背景と製販情報連携の重要性
【連載】こたえてください森脇さん
⑨顧客本位の実践より、自身の営業成績を優先している方が評価されていると感じる
【連載】こたえてください森脇さん
⑪預かり資産業務に対するマネジメント層の理解が低い
【みさき透】高市内閣で「運用立国」から「投資立国」へのシフトが加速へ
ファンドモニタリングは、どの指標を参照すればいいか
(3)アクティブファンドのモニタリング② α(アルファ)値とβ(ベータ)値
ランキングをもっと見る
finasee Pro(フィナシープロ) | 法人契約プランのご案内
  • 著者・識者一覧
  • 本サイトについて
  • 個人情報の取扱いについて
  • 当社ウェブサイトのご利用にあたって
  • 運営会社
  • 個人情報保護方針
  • アクセスデータの取扱い
  • 特定商取引に関する法律に基づく表示
  • お問い合わせ
  • 資料請求
© 2025 finasee Pro
有料会員限定機能です
有料会員登録はこちら
会員登録がお済みの方ログイン
有料プランの詳細はこちら