金融庁は近年、投資信託などリスク性金融商品の販売会社において、顧客本位の業務運営がどの程度定着しているかモニタリングを行い、その結果を報告書にまとめ、6月に公表している。
昨年の報告書では仕組債販売に関し、リスクに見合うリターンが得られないものが多く、資産形成層向けの商品性として課題があるとし、商品性の見直しや他のリスク性金融商品との比較提案や全ての費用等の開示等を求めている。また、最近、仕組債に代わり販売額が急増している外貨建て一時払い保険についても、運用目的で販売したが、他のリスク性金融商品のリターン・コスト等の商品性に関する比較説明を行っていない事例などを挙げたうえで、販売増加の背景の一つに販売を推進する業績評価体系がうかがわれること、また、顧客ニーズに即した販売動向かを懸念する先が相応に存在していることを指摘している。
こうした中、先日、最近の顧客や販売会社の動きについて、金融庁幹部諸氏の所感を聞く機会があった。彼らのコメントを通し、筆者なりに注目点を整理してみた。
仲介コストの開示でさえ販社が消極的なワケ
まず、当局は、世界的な金利の復活を背景として債券販売が増加していることを踏まえ、各債券のコスト並びにリスク、リターンに係る情報を十分に顧客に提供出来ているかを気にしているようだ。近時、不適切な販売が散見された複雑な仕組債について、金融庁や日証協がコスト開示を進めるよう金融機関に働きかけているが、あまり開示が進んでいない。業界からは、海外の金融機関が組成することが多いため、情報を得にくいのがネックとなっているとの話が聞こえてくる。それならば、販売会社の仲介コスト(販売価格と仕入れ価格の差)だけでも開示が進めばよいのだが、事情通によると、組成会社が、戦略上、仲介コストの開示により仕入れコストが明らかになることを望んでいないため、仲介コストを開示する販売会社に対して商品提供を控えるのではないかと恐れ、販売会社がコスト開示に消極的になっているようだ。
また、同一グループの中で、組成から仲介まで一気通貫で行っている場合は、組成コストと仲介コストを調整し、例えば、組成コストを大きく確保しつつ、仲介コストを小さく設定するといったことが可能となる。よって、同じ商品提供において、仲介だけを行っている販売会社よりも、彼らの仲介コストを小さく見せることがいくらでも出来てしまう。これでは公正な競争が望めないとの声も聞こえるところである。こうした指摘があることは金融庁も耳にしており、従来以上に、外資系金融機関を含め債券の組成会社に対し、強くコスト開示を迫っているようだ。また、率先してコスト開示を行った社が不利益を被らないように、一斉開示が望ましいことも当局は重々承知しているようである。
情報開示は点ではなく「線」で
なお、当局は、債券取引において、こうしたコストのほか、リスクやリターンの情報が足りていないとも感じているようだ。債券購入時には、信用リスクや(外債の場合)為替変動リスク、金利変動リスク、流動性リスクや期待リターンを投資家に説明するとともに、顧客の属性やニーズに適うものであるか顧客と共に確認していると思われるが、はたして販売会社は販売後も、相場が変化する中、顧客ニーズに適うリスクやリターンにあるのか確認し、必要に応じ、顧客に注意喚起や対処策を提案しているのか。相場が急変し、評価損が一定の水準に達した時には連絡を入れているのだろうが、そうした一過性の「点」ではなく、継続的な「線」のフォローが顧客本位ではないか。当局の期待レベルが一段上がったように感じる。
こうしたコストやリスク、リターンの購入後のきめ細かな情報開示・情報提供が望まれるのは、何も仕組債などの債券取引に限った話ではない。株式や投資信託、ファンドラップ、貯蓄性保険、外貨預金、不動産投資など、あらゆるリスク性金融商品に言えることだ。なお、開示・提供を行う場合は、見せ方、伝え方を工夫する必要がある。例えば、購入後のリスクやリターンの状況については、銘柄毎に見せる方法もあれば、顧客のポートフォリオという塊で見せる方法も考えられる。現時点では、当局がどのような範囲・手法での情報開示・情報提供を期待しているのか定かではないが、特に、金利復活で、投資意欲が高まりそうな債券取引については、購入後も顧客の適合性確認を怠らないようにして欲しいとの思いを強く感じた。
また、当局は、顧客が商品毎にどの程度のリターンを享受しているのか、関心を深めているようだ。金融庁では、2018年に、「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPI」として「運用損益別顧客比率」を設定し、投資信託の販売会社に毎年3月末時点の自社の数値を積極的に公表するように求めてきた。2022年には、外貨建保険についても同指標の公表を求めるようになったが、さらに他の商品形態にも対象を広げ、顧客へのリターンの提供状況を確認しようとしている感がある。
投資信託の場合、複数の金融機関が分析を深め、口座開設年ごとに時系列で「運用損益別顧客比率」を算出し、口座開設年が古い(≒保有期間が長い)ほど、市場が変動する中でも安定的にリターンを享受していることを示し、顧客に対し、長期投資の効用を説くなど、当該指標が活用されている。一方、例えば、為替取引や(季節要因の大きい)農産物取引のように、主として短期間で損益を確定する商品の場合、その指標は、市場動向の影響を多分に受けるため、どの時点、どの期間、どの損益(実現損益、含み損益)を計測するかによって、数値はかなり変化する。また、ヘッジ目的で売買する場合は、ヘッジ対象商品の損益との合算でリターン評価を行うべきであろう。今後、対象商品を広げ、顧客のリターン状況の公表を目指すのであれば、当局も含め関係者は、商品特性に応じ、様々な角度から分析を行い、結果を分かりやすく伝える必要がある。
なお、販売会社において、主に短期売買により利ザヤを狙う商品を、マクロ・ミクロの目線での市場分析を基に市場動向を想定し売買を行う中で、腕を磨いていく顧客に対し提供し、顧客の収益機会の拡大に資することは十分意義があろう。仕組債もそうであるが、基本的に商品そのものに罪は無い。重要なのは、顧客属性やニーズに適う商品提供になっているかである。そのためにも、販売会社及び顧客自身が商品の顧客適合性を確認する上で、販売時及び販売後も、各商品の(特性やコスト、リスク、リターンといった)情報を分かりやすく、タイムリーに提供・入手することが求められるということであろう。