DX人材の人的資本に「関連性の高い」項目(④~⑥)
直接的にDX人材やリスキリングの成果を示すものではないが、人的資本に関わる開示指標として、④エンゲージメント、⑤流動性、⑥ダイバーシティが挙げられる。新たな人材を迎え入れ、会社全体のカルチャーを変えていく要素としてこれらの動向も興味深く追っていきたい。
④従業員エンゲージメント 高スコアは大和証券G、京葉銀行、百五銀行
会社への貢献意欲を示す従業員エンゲージメントは定量スコアの開示しやすさもあり、多くの企業が公開していた。従業員満足度などのいわゆるエンゲージメント率の平均は70%程度であった。
バンク・オブ・アメリカでは、従業員エンゲージメント調査と離職率の関連性を公開しており、エンゲージメントスコアが80%を超えると離職率の低減が見られるという(※7)。80%超の好結果を見せた企業を挙げると、大和証券グループ本社、京葉銀行、百五銀行であった(※8)。
⑤人材の流動性 各社、離職率の開示にためらい?
流動性は「離職率」「定着率」「キャリア採用比率」などの定量開示が期待されたが、残念ながら開示率が極めて低く、有意な示唆に至らなかった。離職率は雇用動向調査等において、社内で一定の可視化・管理は行われているものの、資料としての開示がためらわれる側面もあったかもしれない。
近年においては、一定の離職はむしろ健全な代謝の一環とも見られている。このあたりの情報もよりオープンに開示され、人材育成やエンゲージメント向上の取り組み成果がモニタリングできるようになることが期待される。離職率はネガティブに捉えられてしまう数値であるが、キャリア採用比率は中途で応募する人材に向けて積極的に開示していけば優秀な人材確保につながるだろう。
⑥ダイバーシティ 金融・保険業での女性管理職等割合、産業平均を上回る
ダイバーシティの代表的な指標は女性管理職比率であるが、こちらは厚生労働省による令和4年度雇用均等基本調査の結果(※10)で代替しておきたい。金融業、保険業における「課長相当職以上(役員含む)」の女性比率は15.0%であり、産業全体の平均よりやや上を維持している。広く人的資本の観点では、女性に限らず、外国籍、LGBTなど能力本位での多様な人材を確保しながら適切に処遇していることが重要である。
総括:表面的な見せ方を追うより、本質の理解・実践を
本年の開示においては、総じて各社が管理できている数値をとりあえず公表している傾向が見られた。人材への投資、成長と事業の創出・成長の相関性は、各社における企画、設計、構築、運営のメカニズムが定量的になされていないと測ることが難しいものである。数年の取り組みを経て、他社の動向も参考にしながら成熟レベルを上げていくことが期待される。
また今後において重要なのは、「情報開示」という表面的な“見せ方”に追われることではなく、人的資本経営の本質を理解することだ。従来の企業経営においては、事業戦略が先に立ち、人材はそれを達成するための手段とみなされてきた。しかし、人的資本経営においては、人材は手段ではなくビジネスを創る根源であり、その能力やスキル・コミットメントの価値は、人件費だけでは測り得ないということが見えてきた。
特にデジタル化が進展している今日、旧来のITが一つ一つ段階を踏んで置き換わってきたことに比べ、保存・処理・インサイト・伝達…といったプロセスが同時かつ急速な変化を遂げるようになってきた。順番・ツール単位でなく、包括的に変えていく活動が事業に大きく影響を与える中で、かつての硬直的なミッション組織ではなく、Workforceとしてボトムから作られたケイパビリティ組織が自立的・機動的に機能するようなマネジメントが必要とされている。そのためにも、本編で取り上げたような人材に係る情報を複数観点から定量化し、それも開示を目的とした付け焼刃の管理ではなく、月次や四半期といった単位で振り返りながら企業としてのアクション・判断につなげていくことを推奨したい。
出所
※1 株式会社産労総合研究所、2022年度 教育研修費用の実態調査(2022年10月)
※2 株式会社いよぎんホールディングス、有価証券報告書(2023年6月)
※3 厚生労働省、令和4年度「能力開発基本調査」(2023年6月)
※4 株式会社パーソル総合研究所、グローバル就業実態・成長意識調査(2022年11月)
※5 株式会社みずほフィナンシャルグループ、統合報告書(ディスクロージャー誌)2023
※6 日本経済新聞電子版、三井住友信託、正社員7割DX人材に 30億円で学び直し(2023年8月14日)
※7 Bank of America、2020 Human Capital Management Report(2020年10月)
※8 各社有価証券報告書(大和証券グループ本社:第86期、京葉銀行:第117期、百五銀行:第208期)
※9 厚生労働省、令和4年度雇用均等基本調査(2023年7月)