夫婦が考えた「働く理由」

「私たちってさ、家族との旅行を諦めるのも、会社のために借金するのも、全部『仕事だから仕方ない』で済ませてるけど、それなら『仕方なくない』ってなる境界線はどこにあるんだろうね」

「……確かにそうだな」

「私たち、何のために働いてるんだろう」

和俊はすぐには答えなかった。

彩子たち夫婦は、結婚してからずっと共働きだ。お互いのため、翔太に何不自由ない暮らしをさせるため、理想のマイホームのため。要は幸せになるために働き続けてきた。そして、その幸せには、たまに家族で旅行へ出かけたり、好きなだけ美味しいものを食べたりする時間も含まれているはずだ。

「翔太だって、もう大学生だよ」

「あと何年かすれば就職だな」

「そうなったら、3人で予定を合わせるのはもっと難しくなるよね」

また今度、と簡単に考えていたが、家族で旅行へ出かける機会が、これから先何度あるのか。

その限られた時間を仕事を理由に手放していいのか。彩子は急に分からなくなった。和俊も考え込んだあと、ぽつりと言った。

「俺、転職考えてみようかな」

「私も同じこと思ってた。とりあえず調べてみない? 今の仕事を本当に辞めるかは別として」

「そうだな」

2人とも、簡単に職場を変えられるとは思っていない。給料や福利厚生などの条件も考えなければならないし、今の会社を離れればすべて解決するとも限らない。それでも、今までの働き方を見直し、新たな選択肢を探すことはできる。

「借金のことも、どうするか一緒に考えよう。もう1人で勝手に決めないでね」

「ああ、分かった。本当に悪かったよ」

「反省してるならもういいよ」

彩子の視線が、ふとテーブルの端に置かれた土産の紙袋へ向いた。翔太が自慢していた海鮮料理や、送られてきた観光地の景色が、頭に浮かぶ。

「今度こそ、彩子も一緒に行こう」

「うん。そのためにも、まず仕事のことを考えないとね」

しばらくしてひどい寝癖だらけの翔太が下りてきた。彩子が軽くからかいながらキッチンに立つと、和俊がたまらず吹き出した。窓から差し込む陽光が、肩を揺らして笑う3人をやわらかく照らしていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。