夫の反論に怒りを募らせる妻

「家族旅行を直前でキャンセルした彩子に、そこまで言われたくないんだけど」

彩子は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「……今、その話は関係ないでしょう」

「俺と翔太は彩子のせいで予定が狂ったんだぞ」

「あなたが借金を黙っていたことと何の関係があるの?」

次第に声が大きくなる。彩子は抑えようとしたが、もう限界だった。

「私だって好きで旅行をやめたんじゃない。それを今持ち出すなんておかしいよ」

「とにかく今は話したくない」

和俊は借用書をつかむと、立ち上がった。

「和俊!」

「また今度にしてくれ」

そのままリビングを出ていく背中を、彩子はにらみつけることしかできなかった。

いったい何の借金なのか。なぜ彩子に黙っていたのか。結局何ひとつ分からない。

腹立たしさが残る一方で、ここまでかたくなに隠そうとする和俊の態度が、彩子の胸に新たな不安を広げていた。

 

   ◇

 

翌朝、彩子がリビングへ下りると、和俊はすでにダイニングテーブルに座っていた。

昨夜の口論のせいで、いつもの「おはよう」さえ出てこない。翔太はまだ自室で寝ているらしく、家の中はやけに静かだった。彩子は黙って2人分のコーヒーを淹れ、自分の席に腰を下ろした。ひと口飲んでから、ゆっくりと口を開く。

「昨日のことだけど」

「うん」

「さすがにこのままにはできないよ」

和俊はカップを見つめたまま黙っていた。

「せめて借金の理由だけでも話して。何も分からないままじゃ納得できない」

「……会社で必要になったんだ」

「会社……?」

予想していなかった答えに、彩子は眉を寄せた。

和俊が話し始めたのは、少し前に勤務先の会社で起きた出来事だった。

部下が取引に関わる大きな失敗をしてしまい、会社に損失が出たという。和俊自身が起こしたミスではない。それでも管理職として責任を問われ、上層部から損失の一部を埋めるよう求められたのだ。