「ちょっと、嫌なことがあって」

桜井悠太は飲みかけのビールのジョッキをテーブルに置くと、深々とため息をつきながら肩を落とした。

「ええ、ちょっと、嫌なことがあって」

「嫌なこと?」

その様子が気になった後藤は、注文用タブレットでビールを2つ追加すると、桜井のほうに身を乗り出し、聞く姿勢になった。

「なんだ、嫌なことって。もしかして、結婚詐欺にひっかかりそうになったとか」

後藤はわざと冗談めかしてそう言った。引っ込み思案ではあるが根がしっかり者の桜井が、そんなものにひっかかるはずがないことをわかった上での発言だった。

「そんなんじゃないですよ」

「じゃあ、何があったんだ?」

「タイプじゃなかったらしくて」

「結婚相談所の紹介で、ある女性とお見合いしたんですよ」

「へえ。どんな女性?」

「埼玉在住で、仕事は都内のIT企業でSEをしてる人です」

「いいじゃないか。お互い理系で話も合いそうだし」

後藤は率直な感想を言った。

「僕もそう思ったんですよ。で、相談所を介して会ってみたんですが……」

桜井悠太は再び表情を曇らせ、下を向いてしまう。

「どうした。あんまり相性が良くなかったのか?」

後藤が水を向けると、桜井は言いにくそうに、一言一言絞り出すように言った。

「相性が良くないっていうか……。向こうは、僕のことがあんまりタイプじゃなかったらしくて……」

「まあ、そういうこともあるよな」後藤はとりなすように言った。